S-4
1943年7月 北海・ユトランド半島沖上空
真夏とはいえ、上空は寒い。
雲の上、乳首を立たせペニスを極限までちぢ込ませたエリクの身体はさながら貧乳美少女であった。
ユトランド半島西側、エルベ川北方の北海洋上のレーダー感応空域で、
いつものようにメッサーシュミットBf110を中心とする夜間戦闘機隊とともに、指定されたビーコン上空で滞空している。
今夜のエリクは飛行スーツの襟元に、もらったばかりの騎士鉄十字章をぶら下げている。
いかめしい十字の鉄は誇らしげに輝いているが、細い首筋には少し、重い。
弟に見せに行く暇もなく、若干寝不足気味で出撃していた。
空軍の上層部は今でも自分が戦闘機パイロットだと認識している。
ある日など、空軍元帥から基地に直々に電話がかかってきて、
『ここのところ目覚しい戦果を上げているという、少年飛行兵の詳細が知りたい』
と訊かれ、飛行隊長の中佐は大層慌てたという。
ちなみにその空軍元帥、かつて『ドイツ本土へ敵機が侵入したらわしをバカと呼べ』などと豪語していた時代もあったが、
今や『諸君こそ防空の英雄だ』なんて言ってる。いい気なものである。
それはともかく、魔法使いとして箒に跨って戦っていることは、ずっと飛行隊仲間の中だけの秘密だ。
軍上層部に知れ渡ろうものなら、このレーダーにも聴音機にも捉えられない便利な少年騎士は、昼間邀撃にも借り出されかねない。
魔法使いの存在は知られてはならないという魔法協会の掟と、皆を守りたい想いの狭間で導き出した結論。
『出撃するのは夜間だけだと約束してください。それと魔法のことは秘密にしてください』
司令に要求を呑ませた日を思い出す。
そして命を分かち合う夜戦パイロット仲間たちの絆は、口固く秘密を守り通してくれた。
にしても、遅い。英国の爆撃編隊は何十分待っても現れなかった。
もう既に遭遇していてもおかしくないはずなのだが。
夜だからといって見落とすはずはあるまい。
遠くの空で、ぼんやりと雪が舞っているのが見えた。真夏なのに、キラキラと輝く雪雲が。真夏に雪が降るなんて。
一方で、耳元のレシーバーからは一部のレーダー管制室が『ヴュルツブルグ・レーダーに一万機超の敵機が映ってる!!』と
大騒ぎしているのが聞こえたが、そのべらぼうな数は俄かに信じがたいにしても、音も、姿も爆撃機の大編隊を覆い隠すなんて…
ふと隣を飛んでいた僚機が突如急上昇し、虚空に機銃弾を放った。
『くそっ、リヒテンシュタインレーダーには確かに感知したはずなのに!!』
どうやら機上レーダーが感知したはずの機影が、見えなかったらしい。
「様子がおかしい…」
エリクにはレーダーもなく、誘導は地上の管制室からの無線と両目だけが頼りだ。
酸素マスクのゴーグルの内側から、澄んだ碧眼を見回す。
視力には自信があるが、敵の機影は確認できなかった。
「隊長。僕、少し先の様子を見てきていいですか?」
『ああ、気をつけてな』
エリクは一人編隊を離れると、高度5,000メートルほどにかかった雲の境界を飛んだ。
いつもなら見つけられていたかもしれなかった。
しかし大編隊を見つけなきゃならないという焦りの気持ちが、かえって目を塞いでいた。
しばらくして、箒の速度が落ちていることに気付いた。
だんだん止まっていき、時速100キロを切っている。
(え…)
気がつくとすぐ上を、四発のエンジンを持つ一機の重爆撃機が飛んでいた。
爆弾倉扉が開いており、空の荷室を晒している。
直後、頭上からネットが覆いかぶさってきた。
「わああああっ!?」
勢いあまって身体ごと転がりこむように、ネットに突っ込んだ。
絡め取られた中でもがけども、無駄な抵抗だった。
「ちくしょうっ、なんなんだよ、これは!?」
箒を手放さんと抱きしめ、魔力を込めるが推進力が発生しない!
身軽な少年の身体は簡単に吊り上げられていた。
直後、爆弾倉に吸い込まれるような力が少年の身体を引っ張った。