ドォン!!!
空気を揺らす轟音とともに機体が大きく揺れた。
気密が漏れて、瘴気が外に吸い出されていき、魔力無効化の霧も薄まっていく。
発育途上の身体にのしかかっていた男たちは吹っ飛ばされ、機内の壁に激突していた。
「んっ…いったい俺は何やってたんだ?」
「他の僚機はどこへ行った!?ぐっ…第4エンジン被弾!」
操縦席のほうから慌てた叫びが聞こえてくる。
照空灯の強力な光の帯に幻惑する。
「サーチライトに捕捉されている!」
「はやく光域から出ろ!!」
「無理です!おそらく本機は【カムフーバーライン】上空ど真ん中を飛んでいます!」
「なんだって!? どこ見て操縦してたんだ!?」
直径がエリクの背丈ほどもある巨大なサーチライトから光芒が巨大な蛸足のように、
闇空を貫いて何十本も伸び、ペアを組む高射砲から砲弾が射出されているのだ。
一機のランカスターは完全にサーチライトに捕らえられていた。
後部のほうで巨大な打ち上げ花火のような炸裂音が響き、火災が発生する。
次々に起こる振動とともに、他のエンジンも一基、また一基と激しく炎を吹き、プロペラが止まっていく。
(い…いまだ…)
ヒクつく尻の割れ目からまだボタボタと垂らしながら、ムクリと起き上がったエリクの膝はまだガクガク揺れている。
霞む視界に狼狽するクレイグを見据え、指先が印を切る。
「エア・ブレイド!」
『風系の魔法は気流が乱れている時こそ威力を増す』って、オスカー支部長に教わった!
「ぎゃああああああーっ」
押し寄せる風の刃に、黒い血飛沫を上げるクレイグの身体が宙を舞い、壁に叩きつけられた。
「くっ…くくく……イングランドへ生きたまま連れ帰って、わたしのペットにちょうどいいと考えていたものを」
「うるさいッ!!黙れ!!」
エリクの指先からとどめの風の刃が飛ぶと、黒い液体が肉片とともに機内の壁に飛び散った。
なおもクレイグの口もとは嘲笑するように歪んでいる。
「人間…愚かなり。その醜い所業を瞳に焼き付けるがいい…」
その言葉とともに逞しい身体はまるで空気に溶けるように、塵となって拡散した。
エア・ブレイドの風の刃は機体も引き裂き、穴を開けていた。
エリクは火災で発生した有毒ガスに咳き込みながら酸素マスクをつけると、箒を掴んで飛び降りた。
上空の冷気が火照った身体を突き刺す。絞りたて新鮮の精にべっとり濡れた剥き出しの股間が風に冷やされて、ひんやりする。
直後、巨大な炎の塊と化したランカスターは雲の中に消えていったが、やがて雲が赤く光った。
全身はまだ性感のせいで冷静を欠き、しばらく箒を操る手はふらついた。
「ああ…なんてことを…」
確かに魔法使いの精に含まれる魔法因子を好む魔物がいることは聞いていた。
弟、ジークベルトにはまだ教えてないことだったけれど。
自分のされた意味も知っていたが、まさか男の子がそんな目に遭うなんて。
鼓動は早く、恥辱と吐き気が熱くこみ上げる。
できれば誰とも顔をあわせたくない気分で、ヘッドホンのレシーバーを着けなおした…まだ、作戦中だ。
『エリク・シュナイダー少尉!エリク・シュナイダー少尉!』
「こちらエリク…」
『ずっと呼んでたんだぞ! どうした、怪我でもしたか』
声の主は飛行隊長らしい。少し無線機がイカレたか、感度が下がってるようだ。
「ぼくは無事…、はぐれて飛ぶランカスターを追っていた。大丈夫だよ、仕留めた」
なるべくいつもらしい口調を心がけてはっきりと言うと、ノイズの向こうに、何度も『よかったぁ!』と繰り返す隊長の声が聞こえた。
「隊長…」
『いくら敵機を落としたって、僚機を失えば意味はねぇ。仲間を失う者に、司令たる資格は無い』
これがいつもなら、魔法使いの子供である自分を、ずっと他のパイロットと同じ仲間だと思ってくれていることに改めて気付かされ、
胸がほんのりあったまってたに違いなかった。
しかし今は…酸素マスクの中を循環する自分の吐息がまだ、生臭い。
どう報告していいかも分からぬ恥辱と情けなさが、エリクの心を支配していた。
きっと今は隊長と対面していたら、視線を合わせられないはずだ。
そして仲間に今のぼろぼろの姿を見られたら、どう思われることだろう?
隊長の次の一言が心に追い討ちをかける。
『それより大変だ。ハンブルクに重爆の大編隊が現れたそうだ!』
「どういうこと…!?」
『俺たちにもわからない。くそっ…裏を掻かれたのかもな』
地上の防空管制官から、けたたましく情報が入ってくる。
『アハトゥング(警報!)アハトゥング(警報!)
敵1000機ハンブルク上空にあり!敵1000機ハンブルク上空にあり!全夜間戦闘機はハンブルクへ急行せよ』
その口調はいつもになく切羽詰ってる様子。
『というわけでエリク、頼んだぞ』
「フィクター(了解)」
『燃料切れの恐怖の赤ランプのないきみが羨ましいぜ』
エリクは自分の生まれ故郷へ向けて箒を飛ばした。
(難攻不落の高射砲陣地に囲まれたハンブルクなら安心だと思ってたのに…)
冷やされて冴えた脳裏に、最愛の弟の顔が浮かぶ。
(くそっ、なんでこんなに飛ぶのが遅いんだっ…)
連夜の出撃の上、さっきクレイグと戦ったせいか、魔力の消耗が激しい。
こんな大事なときに全力を出せない、自分の非力が恨めしかった。
セックスで損傷を受けたスーツは片胸がはだけ、スカートはびりびりに裂け、
股間部分もぎりぎりペニスはしまってあるが 尻肉の一部が露わになっている。
風が額を冷やす中、ふと遠くで、ぼんやりと雪が舞っていたのを思い出した。
真夏に降った雪。
そればかりか時速数百`で飛ぶ重爆撃機を一度に何100機も視界から覆い隠し、ハンブルクに誘導した…
魔族のしわざ? いや、違う。これほどの力を使えば凄まじい瘴気を発するはずだし、クレイグは英軍の作戦への関与を否定した。
確かに、あの中級魔族にそんな力があるとは思えなかった。
だとすれば…間違いないと直感した。きっと誰か水属性の強力な魔法使いがいて、英軍に手を貸しているのだと。
(絶対に倒してみせる。ぼくがこの国を守る盾になる…)
向かう空域はすでに、真っ赤に染まっていた。