S-6 ハンブルク上空
故郷の街の上空へ駆けつけたときには既に遅く、飴のように嘗め尽くす炎のるつぼと化した大都市があった。
エルベ川は炎に照らされ、光と血の大河のようになっている。
「うわあぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!」
頭を抱え、叫ばずにいられなかった。
自分が遅れたせいだ。
己の若さを憎んだ…あの状況で射精してしまった肉体を。
…さっさと向かってれば、一発でも落ちる爆弾を防いで、一人でも多くの市民を助けられたかもしれないのに!
エルベ川沿いのしゃれたカフェでジークベルトとアイスを食べた。
広場で模型飛行機を飛ばして遊んだ…
今は…思い出の何もかもが、灰となって焼け落ちていくのだった。
「さあ出てこいッ!英国の魔法使いめ、僕と勝負しろ!」
これから戦う相手が、果たして自分の力で敵う相手かどうかは分からぬ。
が、『どんなに強力な敵を前にしても敢闘精神を失ってはならぬ』……飛行隊長に叩き込まれた言葉だった。
見上げれば空を覆いつくさんばかりに、大河の如く流れる何百機もの重爆撃機の編隊は既に投弾を終え、足早に去ろうとしていた
燃え立つ地上の明かりに照らされ、その腹を煌々と晒していた。
「さあ!出て来い! どれかの機に乗ってんだろ!?」
エアリアル・ストライク!
フレイム・アロー!
ヴェイパー・ブラスト!
ゴッド・ブレス!
翼に描かれた蛇の目を抉り取るように、怒りに任せておかまいなしに魔法を繰り出す。
飛行コースを見越した偏角射撃などというものではなかった。空を埋め尽くす編隊は狙い放題だった。
魔法の命中した機は次々と炎を吐き、ボマー・ストリームから逸れていく。
敵機の破れた風防から飛んできた、透明な尖ったプラスチック片が腕を突いた。
血が滲んだが、痛みを感じる余裕すらなく一機の背後につく。
機銃の猛射と炎上する町の熱気の中、手袋の中はじっとり汗に濡れ、汗は額から頬を伝って首筋、肩甲骨の浮き出た背中へと流れていく。
「マテリアライズ! スカルシックル」
右手に巨大な鎌を振りかざし、飛んでくる金属片を打ち払いながら進む、箒の魔女。
憎しみをたたえた瞳は地上の炎を映し出して魔族のように赤く輝き、その視線で追うは、機体をひねり降下を繰り返すコークスクリュー機動で振り切らんとするランカスター。
「逃がすか!エアリアル・・・・」
指先がぼうっと緑の光を放ち、風の魔法弾を放つため宙に印を描く。
恐ろしい鎌を片手で振り回し、少年は今、手を使わず、腰だけで箒を操縦していた。
細い腰でキュッと箒をグリップし、高速で天地逆になっても振り落とされないようぎっちり締め付ける。
そのとき、激しい気流に揉まれた。
「くうっ…」
バランスを崩したところを、何筋もの赤いビームが飛んくる。
十字砲火の海を間一髪ですり抜ける、よじれる肉体のエロス。まさに全身の運動神経を使い切る。
今まで夜間飛んできた経験値を全力で注ぎ込んだような洗練された挙動一つ一つに、おちんちんの膨らみにまで汗が滲んでくるよう。
「マテリアライズ!バリアフォーム…」
そのときだった。尻のムズつきを感じたのは。
コンパクトなお尻の真ん中奥深く、前立腺という男の子の陰核が、箒によって陰嚢の裏を刺激され、熱く融解するように快楽の電撃を発しはじめたのだ!
ぷりゅっ…グルル…ぶちゅうっ
「うあぁぁぁッ…」
腸壁にへばりついたクレイグの精液がゆっくり下って、アヌスから滲み出てくる。
ピトピト雫となって、尻に密着した箒を汚す。
「ンッ…うぅ…」
マテリアライズは集中力を要求される。
四方から防御機銃の猛烈な掃射が襲い、ホース、電気コードを露出した内臓のように飛び散らす。
「がはああっ!!」
胸部のプロテクターは壊れ、胸部から機械の呼吸器官が垂れ下がる。
何秒か遅れてようやく激痛が走る。
振り返ったとき、自分を死の照準に合わせたパイロットと目が合う。
「英国紳士にッ…、血を流した子供が撃てるのかよ!?」
眼下にだって子供はいるはず。僕の弟も住んでる…
「爆弾投下のスイッチを押せるのは、目の前に苦しむ人たちの姿が映らないからじゃないのか!?」
前のめりに身体を倒し逃れようとするが、いつしか地上から伸びる、光の海の真っ只中にいた。
サーチライトの何本もの触手は傷つきし魔女を絡めとり、逃しようがなかった。
魔法で作った鎌はギラギラと輝き、夜空に鮮やかに浮かび上がっていた。
少年が己の置かれた現況に気付こうとした直後だった…至近距離で炸裂した轟音が臓物を揺さぶり、クラゲのような硝煙に包まれたのは。
それはドイツ軍の打ち上げた88ミリ高射砲弾だった。
「アアーーーッ」
ストレートな髪を縛っていたお下げがふさあっと爆風に解け、さらさら輝く金髪が広がって背にたなびく。
鉄片と爆煙が立ち込め、エリクの頬や腕の皮膚をかすって傷つける。
(ばか…ぼくは味方だ)
エリクは知らなかった。
英国の魔法使いを探して戦っている間、地上の高射砲陣地は「ドイツ防空網を欺き、英軍爆撃機を連れて飛来した」魔女を撃ち落とすのに、恐れと興奮をもって躍起になっていたことを。
続けて背中にも何発か、爆撃機から撃たれた機銃弾が当たった。
7.7mm機銃弾が、機械ではない肉のはらわたを突き破って星空へ抜け、大量に吹き出た血が股を伝って腿に流れ落ちてく。
腰のポケットにしまわれていた航空地図は汗を含んで濡れていたが、第3帝国の版図が、少年の生き血を吸って赤い染みが広がっていく。
幼き肉棒の突き上げた、タイツの破れ穴から噴き上げた精液が己の血と混じり合って、アヌスの食い込んだ箒の柄をじっとりと汚す。
少年の肉体も、ドイツ製機械のようにもう少し頑丈であったなら…。
高射砲弾の嵐の中、自分を撃った敵機も空中爆発、眼前を飛んでいた一機は炎を吹き上げながら、はるか視界の外へと消えていく。
「さぁ…早く出てこい……英国の魔法使い…」
血に濡れた手で鎌を握りしめ、なおも霞んだ瞳であたりを見回す。
直後、背の酸素ボンベが爆発した。破片が背中に深く突き刺さり、血を吐いた。
酸素マスクの中に血がゴボッと溢れて髪まで濡らし、前が見えなくなった。
箒もまたオレンジ色の炎を上げて燃え立ち、コントロール不能となってそのまま、紅蓮の坩堝と化した街へ落下していく!
夏の夜を焦がす、一面の紅。
下には炭のように折り重なった市民の死体が山ほど埋まってるに違いないのだ。
「アアーーーーッ」
やや内股気味に、細い導線のはみ出た破れめから外気に晒されたおへそがピクッと動き、おっぱいがキュンッと縮む。
スーツはまとわりついたボロ布のように素肌が露出し、腿の間に糸を引く新鮮な子種液が、空を焦がす焔に赤く染まってる。
金の髪をたなびかせ、傷ついたカラスのように落ちていく姿は魔女というよりも、傷ついた戦の女神だった。
その闇夜にサーチライトでくっきり浮かび上がった人影が落下していくのを、地上では多くの、自分より何歳か年上なだけの少年兵たちが眺め、歓声を上げていたことをエリクは知らない。
さっきより間近でもう一発、地上からの砲弾が炸裂した。
射撃統制装置『コマンドゲレート』から送られる射撃諸元どおりに撃ち出された砲弾は正確に目標を捕らえ、砲を操るのが少年兵でも外しようがなかった。
エリクの手に鎌を握る感触がなくなり、凄まじい閃光の中、目の前が真っ白になって、ねっとりした紅の飛沫が艶やかな髪をさわさわと濡らしていく。
夢心地に、ジークベルトが笑っていた。
父とありし日の母と、幼かったジークベルトの手を引いて歩いた、ショッピング街の休日。
まだ平和だった日の街並みがあった。
そして真夏にもかかわらず雪に抱かれ、寒気を感じていた。
胸に、ひとつの予感が迫っていた。
命をたくさん殺してきた自分は、神の国に導かれることはないだろうと。
もはや、母親のいるほうへは行けないのだと。
(クレイグ、ぼくもあんたのもとへ行くよ)
ジークベルト。せめて地獄の入り口で、おまえが入って来ないように見張ってあげるからね。
願わくばもう一度、成長したお前を生きて抱きしめてあげたかったが、こんなに血に汚れた身体じゃ嫌だろ?
『あっち側』へ行ったら…魔物たちにまた…いっぱい犯されちゃうのだろうか?? フフッ…
色とりどりの体液に濡れた穴だらけの身体はいつしか、背中もお腹もお尻も…あちこち痛みがとれ、風に吹かれる羽根のように軽く、何も感じなくなっていった。
焼け爛れた時計台の針は、午前2時すぎをさしていた。
空襲の晩、地獄と化したハンブルク市のごく一角に、微量の生臭い紅と白の液体が降った。
しかし、その雫も地上に染みを作るよりはるか手前の上空で、摂氏800度もの熱と、秒速200メートルに達した焔が吹き荒れる中、霧散してしまったらしい。
なおも大空には、溶けることのない真夏の雪が舞っていた。
それは英軍が「ウィンドウ」と呼んだ、レーダーを錯乱する、細長い銀紙の紙吹雪だった。
ハンブルクへの空襲は数日後にも行われ、戦勝の暁にヨーロッパ商業の新しい中心地となるはずだった大都会は灰燼に帰した。
路地には熔けて変形した騎士鉄十字章と、赤黒い血の跡と薄卵色の黄ばみが染みついた、焦げた航空地図の断片が落ちていた。
第一幕 終
第二幕へつづく