S-11 イグナートと3人
ドラゴンが倒されたことを知った兵士たちが大勢、戻ってきた。
『おぢさんがゆっくり尋問してやるからな〜、フリッツの坊やたち』
いかにも好色そうな兵士の一人が、半裸に剥かれた少年3人に舌なめずりしてくるのを見て、ジークベルトがアンディに抱きついた。
「大丈夫、オレがついてるから。殺されるときは一緒だかんな」
3人は手を握った。いま掌に感じるお互いのぬくもりは、どんな魔法よりも心強い。
『さあ可愛い坊やたち、手をあげて横一列に並べ。ヒイヒイ言わせてやる』
中でもひときわ抵抗的に睨みつけるクルトに、モンゴル人兵士の、毛むくじゃらの太い腕が伸びた。
アンディが庇うように、クルトの前へ身を乗り出す。
「おれがまとめてお前らの相手してやる。だから二人には手ぇ出すな」
赤軍兵士どもに向き直り、「さあ、好きにしろ!」と胸をはだけた。
鳥肌が立ち、ふたつの頂点は寒さに固まっている。
男たちのそこに手が伸びたが、全身震えていたのは寒いからか、慰み者にされるおぞましさからか?
だんだん怯えを見せるアンディの隣で、落ち着き払ったクルトがロシア語で言った。
「『我々は苦痛を通じてのみ人生を愛することを学びえる』・・・そう、ドストエフスキーは言った」
ケダモノたちの手がピクリと止まる。
こんどはドイツ語で二人の少年に穏やかな眼差しで言った。
「『わが友よ、君たちは生を恐れてはいけない』これからどんなことをされようともね」
多くのロシア兵が真剣な眼差しを取り戻して固まっていたが、アンディとジークベルトも固まっていた。
静かな口調の中にみなぎる力を感じ取って。
クルトは全寮制学校の耐乏生活によって知っているのかも知れない。
人には苦悩な状況にいつか適応し、希望さえ見出だしていける強さを持ち合わせていることに。
「そうだ、やめるのだ」
ドラゴンのいた周辺の様子を見に行っていたイグナートが戻ってきた。
『いますぐこの子たちから離れろ』
ロシア語で呼びかけるが、一部の兵士はなおも色目を贈り続けていた。
『絞首刑がいいかッ、それとも懲罰大隊で人間地雷探知機になりたいのかぁッッッッ!!!!!????』
よく通る声で叫ぶと顔を見合わせ、ようやく退いた。
「もう逃げられんぞ、悪がきども。死にたくなかったら言うことを聞け」
「さっきは助けてもらったな。礼を言うぜ」
アンディの傷口は塞がり、血が止まっていた。
「けど、今頃ここらはドイツ軍が完全に包囲しているはずさ。あんたら袋のねずみだぜ?
オレたちはあんたら赤軍を足止めする役割は果たしたんだ」
「嘘をつくな。我々の背後にドイツ軍なんてどこにもおらんぞ」
「え…」
まあ、薄々そうじゃないかと気付いてはいたけど。
アンディの表情が変わると、イグナートは可笑しげに「ハッハッ」と笑った。
イグナートは口を緩め、水筒を渡そうとした。
受け取ろうと伸ばしたジークベルトの手をアンディがはたく。
「毒が入ってるかもしれない。飲むな」
警戒の眼差しを向ける子供たちを見まわした将校は一口、口をつけて飲んだ。
何も起こらないことを確認すると、アンディはようやく受け取った。
三人とも、戦闘と物資不足で喉は渇いていたので、この小さな体のどこに水が吸収されていくのかと思うほどガーッと飲んだ。
喉を鳴らし、胸骨を上下に揺らしながら。
3人は渡された軍用の分厚い毛布に包み、少し離れた民家にしつらえられた野戦司令部へと連れて行かれた。
書斎だった部屋に入ると人払いしてドアを閉め、4人だけになった。
赤軍将校は改めて、第一ウクライナ方面軍所属、イグナート大佐と名乗った。
「へっ、【ハゲカボチャ】の手下かよ」
ベーッと舌を出してから、アンディも所属部隊と名前を名乗ると、クルト、ジークベルトが続いて自己紹介した。
するとイグナートは頬が緩み少し天井を見つめたが、再び口を開いた。
「部下たちの非礼を許してくれ。と言いたいところだが…」
東方訛りのドイツ語が、急に険しくなる。
「戦争に魔法を使うとは……きみたちの国の大将は何を考えてるのだね!?」
鼻汁を垂らすアンディがこたえる。
「戦争を早く終わらせ、平和を一日も早く取り戻すためだと言われました」
「素直なもんだ…戦争指導者は皆そう言うもんだ」
着替えの服を渡しながら、イグナートが呟く。
「ていうか、なんなんですか、この服…」
「子供用の服が軍の持ち合わせになかったものだから、たまたまタンスから拝借したんだが」
チェック柄の襟つきのシャツに、膝の擦り切れて穴の開いた長ズボンのアンディはギターを構えると似合いそう。
白い長袖シャツに黒い半ズボン、吊りベルト、白いソックス、革靴のクルトは蝶ネクタイでもすれば完全にお坊ちゃんだ。
そして白いブラウスに赤いスカートの…
「ってかジークベルト、それは女物…」
アンディに指摘されてようやく気付き、「やっ!」とスカートのヒラヒラの中を隠す。
「その白いレオタードだって女物ではないのか?」
服を運んできたイグナートの副官が言った。
「女物って、言わないでぇ〜」
「この軍隊で貞操を守る方法はただ一つ。…将校の愛人になることさ…」
指を唇に咥える副官に、警戒感を隠そうともしない上目遣いのジークベルトが後じさりする。
「こら、やめんか」
とイグナートが釘を刺す。
「けど、クルトもそんな格好で動き回るわけにはいかないだろ。もう少しいい服ないのかよ」
アンディがチェストを漁っていると、
「ああーっ、いいもん見っけ」
手に取ったのはドイツ騎士団の外套だった。
白地のマントに黒い鉄十字が入ったデザインだったが、大人が着るには小さい。
「これって演劇用かな?」
「…ぽいね」
「生地が厚くてあったかい、ちょうどいい」
クルトが袖を通す。
3人は修道士のようなドイツ騎士団の格好になった。
「よく似合ってる」
イグナートが微笑んだ。
「さて、わが赤軍は進軍を続けるぞ。君らの身柄は捕虜として預かる。
兵士たちには『子供たちは手品を使っただけだ』と言ってあるが、妙な真似をすりゃただじゃおかんからな」