S-13 箒パイロット・ジークベルト
3人は箒で飛び始めた。
「クルト、もう少し力抜いていいぞ?」
「だって遮るものが何もない空だよ?対空砲火とか、戦闘機に見つかったらやだなって」
「安心しな。オレが後ろを見張ってるから」
「気をつけてね。空ではグランガードの威力は弱まるから」
最初はふらついたが、クルトのこわばった緊張が解けてくるのと同じように、ジークベルトもまた慣れてきたようだ。
「アンディはバイクに3人乗りしたこと、ある?」
「さすがにそりゃねーよ。箒にもサイドカーがあると楽なんだけどなぁ」
「…あるわけないでしょ」
振り向くと、覆面と飛行機用のゴーグルを着けたアンディの顔。
「へへーーん、ハロウィンみたいだろ」
「はははっ、あーやしぃーー」
「わぁっ、揺らすなジークベルトっ、笑かすなアンディ!!あはははは」
「やっ、クルトも揺らさないでぇぇっ!!」
飛び始めれば魔力はさほど消費しない。
どうやら離陸時に最大魔力を使うようだ。
月夜に、エリクの声が聞こえてくるようだった。
『ジークベルト、肩の力を抜いて、一回深呼吸するんだ。
両腕は伸ばし、左手の親指を右手で包み込んで、親指どうしが直線になるように握ってご覧?』
『曲がるときは手で曲げようとせず、自転車に乗る要領で身体をゆっくり曲がりたい方向に倒して…そう。いい調子だ』
「コツが分かったよ。クルト、アンディ…飛ばすよ?」
箒は急加速し、たちまち時速100キロに達する。
目に当たる寒風に、クルトの涙が後ろへ飛んでいく。
「凄い風圧だ! 後ろへ飛ばされそうだ」
「二人とも、ようく掴まってて…」
時速150キロ。
「だああっ、速過ぎ!!スピードオーバー!!」
「まだまだスピードが足りないッ!ふたりとも、もっと魔力を貸して!」
時速200キロ突破。
(前が見えないっ〜…息が…)
(だあああっ、クルトっ、鼻水後ろへ飛ばすな!!)
(寒っ、足に霜がつき始めた!凍傷になっちまうぞぉぉぉ)
突然、顔面や身体に当たる風が凪いだ。
「あははっ、これで息できるでしょ!?」
「ジークベルト、魔法で風防を…」
「風魔法も少し、お兄ちゃんから教わってたのさ」
風の壁に包まれたキャノピーの中は、どことなくジークベルトのぬくたさを感じる。
「少し火炎魔法の暖房も入れてるのかっ!?」
クルトの問いに首を振る小さなパイロット。
どうやら風魔法であっても、どこか火属性の魔法使いである彼の素質が影響を及ぼしているのかもしれないとクルトは思った。
時速300キロ突破。
「ジークベルトッ、きみ、まさかスピード狂!?」
「そういえばこの前、運動エネルギーは速度の2乗に比例するって言ってなかったかクルト? 今何かにぶつかったらオレら、ミンチだな」
「どわああっ、ジークベルト! 速度落として!!」
「まだ風景が止まってるように見えるよ。二人とも、ぼくを信じて!」
「おめー、どんだけ動体視力いいんだよ…」
時速400キロで安定し、巡航する。
地表の草が平らになびき、湖上では水柱が上がり、虹が浮かぶ。
木々の葉っぱや雪を舞い上げ、湖面の水飛沫を巻き上げながら宙を滑ってく3人。
ジークベルトの背中にクルト、クルトの背中にアンディ。
馬とびをすればきっと触り心地良かっただろう、青春の香り立つような細い背筋。
不思議だった。全てが。
今まさに滅びんとする帝国を、こうやって飛んでいる自分たちが信じられなかった。
3人は数千メートルの高度まで上昇した。
「うわぁ…」
野原、集落、森、道、川…
パッチワークのように眼下に広がっていた。
その上を這い回る豆粒は、軍隊だろうか? それとも戦火を逃れる避難民の群れか?
「見て、あれ!魔物!?」
ジークベルトが、眼下を走ってる獣の群れを指差す。
「でっかいイノシシのようだが違うぞ。あんな動物、いたか?」
考え込むクルトに、アンディが答える。
「いや、あれは豚さ。二人とも豚小屋にいる小さいのしか見たことないだろう。
大きく成長すると、あんな感じになる。きっと、飼い主がいなくなって野生化したんだ」
村も一軒家も炎と煙が上がっている。
家財道具を積み上げた荷車に、三人より幼い子供たちが乗って、親がその荷車を押していくのも見た。
行くあてもない、避難民の波。
戦車やトラックの残骸 集落には半壊・全壊の民家、遠くで炎上する都市の火柱も見た。
記憶のなかで、なかったことにしたい、けれど一生忘れえぬであろうつらい光景の数々が網膜に焼きつき、3人は自然と身を寄り添った。