S-16 ベルリン市内 魔法協会プロイセン支部

 

「ったく、アンディってば無茶をする〜」

箒でジークベルトとクルトが屋根に上った。
クルトが魔法でゲシュタポを蹴散らすと同時に、ジークベルトの落とした箒が地面に触れた瞬間、跳ね上げる。
その柄先をアンディのズボンのベルトに引っ掛け、吊り上げていた。

「そのホーキ、遠隔操作できたのかよ!?」

引き締まったお尻をさすり、回復魔法をかけながらアンディが言った。
噛まれる直前にキュッ!と力を入れたからか、傷は浅かった。

「あらかじめイメージで仕込んだ10秒ぐらいの動きしかさせられないけどね。お兄ちゃんが昔、遊んでたのを思い出して」

箒パイロットが、照れ臭く頭を掻く。

「ジークベルトが、あのホルヒの鼻っ面についてたエンブレム【翼を持った矢】を見て思いついたのさ。羽根の生えたホーキをね」
「あと何センチか狂ってたら、ケツ穴に刺さってたんだぞ!?」
「ジークベルトのコントロールを褒めてたのはきみじゃないか。仲間を信用してあげなきゃ……」

アンディの顔が紅潮しているのは、箒の柄ほどにも太い棒でお尻の穴をかき回されたのを思い出したからだ…
材質は木ではなく、人肉だったけれど。
感情を鎮めるようにふーっと深呼吸した。

「…アンディ??」
「いや、6つの頃、不意に指でカンチョウされてウ○コ漏らしたやつがいてな。こんなときにアレの二の舞はゴメンだと…」
「そ、それはアンディがイタズラでカンチョウしたということなのか、逆にアンディのほうがズボッと入れられたということなのか?」

悪気があるわけじゃない、学者の探求癖。

「うっ……むうっ………ぐ……」
「だぁぁっ、二人ともやめてよッ、こう寒いとトイレも近くなっちゃうから先へ進もうよ」

3人は裏路地と箒によるエレベーターと屋根を駆使し、三次元の迷路を隠れながら進み、何者にも見つからずビアホールに辿り着くことができた。
店は閉まっていたが、破れた窓の隙間から中へ入ると、傷だらけのテーブルや椅子が並んでいる。
穴の開いた天井から、「LOWENBRAU(レーベンブロイ)」と書かれたライオンの青い旗が何枚も垂れ下がっていた。

「ここが魔法協会プロイセン支部なのか」
「入り口を探す前に、トイレ」
「アンディ、連れション付き合っていいか」
「じゃ、ぼくも」

肩を並べ、飲み屋のトイレでオシッコする少年たちの頬は少し緩み、湯気に曇っている。
地下室の階段を下りると、魔法協会の紋章の刻み込まれた石があった。
3人で手のひらを合わせて魔力を込めると目の前の壁がなくなり、明るく広い空間が現れた。

 


「おお…!!」

真ん中に置かれた大きなテーブルを囲んで、老若男女の、ベルリン近郊の魔法使いたちが30人ほど席についていたが、一同入り口に顔を向ける。

「ジークベルト・シュナイダー、クルト・フォン・ガーベルシュタイン。そしてアンディ・フォン・シューレンブルク。お話があって参上しました」
「わしがプロイセン支部のオスカーじゃ。3人とも大きくなったのぉ…」

入ってきた少年たちに目を丸くする初老の男。

「いま、ちょうど君たちの話をしていたところだ。アンディ、危なかったそうじゃないか」

奥に座っていたドイツ陸軍将校が言った。
プロイセン騎兵隊の伝統を受け継いだ黒ずくめの軍服、ピンクの縁に髑髏(トーテンコップ)の襟章、
テーブルの上に置かれた略帽は、彼が戦車兵であることをあらわしていた。

「って、親父! なんでここに座ってる!?」

フィリップ・フォン・シューレンブルク中佐。
アンディは母親似のせいか、父からは眉と目元ぐらいしか受け継いでいないようだ。フィリップはいかついこわもて顔である。

「えーっ、あれがアンディのお父さん!?」

ジークベルトが目を丸くして、きょろきょろ親子を見比べている。

「アンディ、戦う男の顔つきになったな」
「へっ、全然心配してたようには見えねぇな」
「ばか者、息子をSSに引っ張られたと聞いて、気に病まぬ親などいるものか」

クルトが二人より早く一歩進み出て、ペコリとお辞儀する。

「はじめまして、アンディには何度も命を助けられました。素晴らしいぼくの上官であり、また友人だと思ってます」
「あーっ、クルトめ。最初オレを毛嫌いしてたくせに、こんなときだけ優等生ぶりやがって」
「ぼくはきみの綺麗なところも汚いところも、一通り見てきたつもりなんだが」

汚い?ところ。少年らしい健康的なアソコもさっき、トイレでチラ見した。

「そうか、ガーベルシュタイン家のご子息と友達になったか…」

フィリップの雄偉な面貌に笑みが差した。

「いつも仲良くしてくれてありがとう。どうか見捨てないでやってくれ。ジークベルトくんも」

大きな手のひらが、まだ小さな二人の手と握手する。

「クルトも少し逞しくなったじゃない?」

3人の背後から、ビアホールとは不釣合いなほどに美しい、若い女が入ってきた。

「あっ、フランカ姉ちゃん…」
「あれがクルトの姉ちゃん!?」

フランカはクルトにとって、二番目の姉に当たる。
飛びつくように、抱きついた。

「あら、あら…」

気を張っていた緊張の糸がふっと解けた瞬間、見るに耐えぬつらい光景がフラッシュバックするみたいに、心に湧き上がってきて涙腺が破裂したのだ。
大声は上げなかったけど、肩を震わせ、嗚咽するクルト。フランカに包み込まれた華奢な身体はまだ小さかった。

「クルト、前とは比べ物にならないくらい、いい顔になったね。眉が釣りあがってるわよ」

両手のひらを、頬を包み込むように添えて、涙に濡れた瞼を指で拭った。
学問と理性の鎧に覆われているように見えた優等生も、家族の前では一人の男の子に過ぎなかった。

(へぇ、クルトもあんな顔すること、あるんだな)

友達のもう一つの一面に、アンディとジークベルトが顔を見合わせたとき、3人の腹からグウという音が、次々と鳴った。

「まぁ…」

「おならじゃないぜ!?今の」
「そうそう!!ぼくら、今朝から何にも食べてなくて…」

顔を真っ赤にするアンディとジークベルト。

「お腹が減ってるなら早く言えばいいのに」

弟の髪を愛しげに撫でてやりながら、フランカが笑った。



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