「たいしたものはないけど、お食べなさい」

マホガニーのテーブルに並べられた皿には、フランカが出してくれたホクホクのジャガイモ、ソーセージ、ラードと肉の缶詰。
中にキャベツサラダの詰め込まれたトマトは皮が剥かれ、ドレッシング・ソースがかかっている。

量は多くないが、戦時としては贅沢すぎるほどのご馳走だった。

「姉ちゃんの得意料理はロールキャベツで、美味しいんだよ」

貪るように食べながら、情報を交換した。

「軍人として、総統への服従にも限度がある。自らの知識と良心と責任が、命令の遂行を禁じる限界があるのさ」

フィリップ中佐はメーメル防御戦のとき、負傷し本国へ一時帰された。
回復後、総統暗殺のクーデター計画に関わり失敗し、魔法協会に身を匿われていた。

「きっとアンディが無茶するのは、フィリップに似たんだろうな」

オスカー支部長が笑った。

「そうか、イグナートと会ったか…」

フィリップが目を細める。独ソ不可侵条約が生きていた頃までは、魔法使いとしてのみならず軍人としても親交があったという。
正直なところ、イグナートにうまく利用されているのではないかという猜疑心が、心の隅に引っかかっていた少年3人は一安心していた。

「イグナートは連合国側の魔法使いのことは任せておくように、と言ってた。でも、ドイツ国内のことはドイツ人で何とかするしかないんだよ」

アンディが言うと、クルトが静かな口調で横から補足した。

「我々は今一度、魔法協会としての使命の原点に立ち返るべきです。それは戦時であろうが変わりありません。
 この戦争でヨーロッパに散らばった魔道書を回収し、過去の魔法遺産を保護すること。
 そして為政者たちの野心に魔法が利用されないよう、一人でも多くの魔法使いを保護しなくてはなりません。
 だから魔法協会プロイセン支部の皆さんにも協力して欲しいのです。魔法使いと、世界平和の未来がかかっているのです」

名家の少年の話し振りに皆押し黙る中、ジークベルトが継ぎ足す。

「いまドイツの魔法使いが動かなかったら、この魔法協会プロイセン支部の歴史に汚点を残すことになりはしないでしょうか?」

3人は入れ替わり立ち代り、熱弁を振るった。
ここにたどり着くまでに見てきたものも、何もかもしゃべった。

しかし祖国敗戦の色濃く、明日の生活さえ真っ暗な状況の中、大人たちの反応は鈍かった。

「世界との戦争で苦しいときに、んなこと言っちゃられんよ。だいいち近頃魔族もめっきり出没しなくなったではないか」
「戦場に、魔界にしか生息しないドラゴンも現れたんだ」
「魔道書だって、ケルンにない本はみんな燃えちゃったわよ」
「現にぼくが回収した本が1冊、ここにあるのが目に入らないというのか!?」

クルトが「NARZISSE」の表紙を掲げ、ドンとテーブルに叩きつけた。

「これこれ、ちょっと落ち着け。ここには戦争で肉親や知り合いを亡くした者も少なくないのだ…」

オスカー支部長がなだめるように言う。
アンディとフィリップ中佐は親子喧嘩のような様相も呈し、殴り合いになりそうな一瞬即発を双方が引きとめたこともあった。

「君らの提案はあれだ、丸腰でノー・マンズ・ランドに飛び込むようなものだ」
「チャレンジしてみなきゃわかんねぇだろーが!」
「黄色い嘴(くちばし)で何を抜かすか」
「あんだと、それでもグロス・ドイッチュランド師団の元将校か! いっぺん失敗したからって怖気(おじけ)づいたか」

アンディが顔を高潮させているのは湧き起こる怒りの衝動からだけではなかった。
実際にノー・マンズ・ランドを丸腰で駆けたことを思い出したからだ……お尻の穴から精液を滴らせながら。

「はわわわ……」

兄弟はおろか、家族同士の喧嘩なんて見たこともない円満家庭に育ったジークベルトは信じられない面持ちで、
ピョコンと跳ねた髪を押さえて机に伏せている。

「まぁまぁっ、アンディ。熱くなりすぎだ」
「あんだとぉっ、ヒートアップさせたのはクルトだろうが」
「フィリップ中佐も、こらえて」

クルトや他の大人たちも止めに入ったのを見計らって、ジークベルトは顔を上げ、口を開いた。

「あの…僕らの提案は確かに無茶かもしれません。でもフィリップさんだって、総統暗殺計画なんて無茶をされたんですよね? 
 だったら僕らの無茶も認めてくれませんか?」

ジークベルトの魔族と対峙したとき見せたのと同じ、澄んだ真っ直ぐな眼差しがフィリップを射抜く。

「うっ、その話は…」

ひるんだフィリップにアンディが畳みかける。

「ドイツ人のケツはドイツ人が拭くべきだと言ってんだ。親父がこの前やろうとしたようにね。
 どんなに間違いを犯そうとも、オレらはずっとこの国で生きていく。たった一つしかない、祖国なのだから」

「祖国ドイツの…誇りか…」

子供たちの粘り強い説得が少しずつ心を動かし、ついに魔法協会一丸となってこの問題に対処していくことが決まった。
とどめの決定打となったのは、普段あまり感情を表に出さなかったクルトがキレのいいRの巻き舌で、鮮やかに絶叫した一言だった。

「ニーチェは言った!『人類の目標は最後にあり得はしない。却ってただ彼らの最高の範例の中にあり得るだけである』と!
 絶望的な時代でも、どんだけ人の役に立てるかを考えることです。世界平和と人類の未来のために!」

ちなみにこの時の経験が影響したのか、クルトは後年学者になった後も、討論会で自分の唱える学説を批判されると、たびたび絶叫するようになる。

傍らで議論を静かに見守っていたフランカが心の中で微笑んでいた。
(クルト。気弱だったあなたが、その熱意と前向きな楽観、一体いつの間に身に着けてきたの?)と。


(※筆者注 ノー・マンズ・ランド…敵味方の塹壕と塹壕の間の最前線。最も危険な場所)



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