S-19  ガーベルシュタイン家 地下室


不思議な古代の魔法による効果が今も続いているのか、火はないにもかかわらず、
壁の一部がウランガラスのようにぼうっと発光しているおかげで、内部は歩くのに不自由しない程度には明るかった。
階段を100段ほども下りると、地下は図書館のように蔵書でびっしり棚が埋まっていて、何千冊の蔵書があるのか見当もつかなかった。
地下で気温が一定に保たれ、雪の積もった外より暖かかったが、逆に夏来れば涼しく感じるに違いない。
古代文字で書かれた本、厳重な魔法の鎖で封印された本。
すっかり色あせ、何千年前に書かれたか分からない巻き物など、かび臭さと埃っぽさの中、並んでいる。

「これはこのへんに置いておくか」

ヴァイクセル川近くで封印した水仙の魔道書「ナルツィッセ」を、比較的新しい棚へ立てた。

「グリモワール、グリモワール……んーと、たしかこのあたりの棚のはずなんだが」

「どんな本なんだ? 探すの手伝うぞ」
「銀色に近い、真っ白な表紙なんだ。鎖で十字の形に縛り付けられてて…いつも本棚に、一輪の白いバラが咲いているように見えるのさ」

天井近くまで聳え立つ膨大な蔵書を前にして、3人は蒼い眼を皿のようにして漁り始めた。

「この分厚い本は…辞典かな?」

ジークベルトが一冊の重そうな本を手に取り、ぱらぱらめくる。

「それは魔法用語辞典で、ラテン語で書かれてる。今じゃ魔法使いの間ですら、ほとんど忘れ去られた単語が沢山載ってる」

一方のアンディは金で縁取られた、どぎついピンク色の本を取っていた。

「おおっ、これエロ本じゃねぇか!? クルト、題名はどう読むんだ?」
「『禁断の秘術大全 〜これであなたもベッドの魔人〜』…うはっ…」
「アンディってばこういう本を探すのだけは得意なんだから…っへっ…ヘックション!!」

時折、何百年にわたって降り積もった埃がカビ臭さを伴ってジークベルトの鼻腔に侵入し、咽せ込む。

「長くいると病気になっちゃいそう…ゴホッゴホッ」
「この埃だけ巻き上げて回収する魔法とか、ガーベルシュタイン家だったら知らねぇのか?」
「そんなのあったら苦労しない。…ごめんなさい。手入れ不行き届きで」

探し始めて、十分ほど経ったとき。
本棚がガタガタと揺れ、上のほうの棚から何冊かが埃と共に落ちてくる。

「爆弾が近くに落っこちたんじゃなかろうか」

天井を見上げるクルト。

「お屋敷は無事なんだろうね?」
「いや、爆弾じゃない…」

身を澄ませば獣が歩き回ってるような足音と、唸り声と。

「そういえば父さん、言ってたよ。今思い出した。長期留守中、グリモワールを盗賊から守るために番犬を放っておくって…」

暗闇から姿を現したのは、ドーベルマンに勝るとも劣らない殺気を放つ4本足の動物だった。

「魔道書『フェンリルの書』…番犬ガルムだ!!」
「だああっ、また犬かよ!? クルト、お前の親父のペットだろう!? なんとかしろ」
「クルトの匂いを嗅がせてみようよ。きっとお父さんに近い匂いがするから、大人しくなるかも」
「香水つけすぎで、もとの匂い分かるのかぁ?」
「だああっ、背中を押すな二人とも!」

するとみるみる巨大化し、体長3メートルほどにもなった。

「あらら…飼い主がいないうちに、野生化しちゃった…のかもよ…」
「こうなったら封印するしかないっ…」
「じゃあやっぱりクルト!お前頼んだ!ナルツィッセに続いて封印してくれ」
「だああっ、やっぱりぼくかよってぇ〜…押すな〜〜」

押し合う二人の横で、ジークベルトが魔法の詠唱を始めている。

「ファイア・バインド…」
「ジークベルト! ここでは火炎魔法はやめろ! 本が燃えたら大変だ」

リーダーの叫びに発動しかけた魔法を引っ込めたのと同時に、狼の体毛が伸びキラキラ銀色に輝く糸が飛んできて、アンディの足に絡みつく。

「こいつ、狼のくせにこんな技を使いやがるのかよ!?」
「きっと、ピアノ好きな父さんの特別チューニング品だ。毛がピアノ線のように伸びるという…」
「くっそぉ、グランド・ダッシャー!!」

アンディの指差した地面から隆起した棘が、狼を串刺しにする。はずだった。が。

「へへっ、魔力切れだ…ハルツ越えに魔力を使いすぎた」

空に上がった地属性の魔法使いは、水中に潜った火属性や砂漠の水属性と同じように魔力の消耗が激しい。

「そこへAランク魔法はさすがに無理があったぜ…」

ヘナヘナと膝をついたところを糸でたぐり寄せられ、腰を打って腹ばいに引きずられる。
ズボンがずるずるこすれ、おちんちんの形が生地に浮かぶ。服ごとシャツがペロンとめくれ上がっておへそが露わになる。
鉄条網に張ってキャタピラを使用不能にする、くるくるカールしたピアノ線みたいに、長い足に巻きついている糸。
乗馬のとき馬の胴を締め付ける、すらっと弾力ある腿肉を縛ってる。

「オレのことはいいからッ、二人ともグリモワールを探せ! わああああっ!!」

鋭く尖った歯が、アンディのズボンを下げていた。
引き締まった尻の割れ目に、細く長い爪が突き刺さる。

「なんだぁ、ずっと餌がなかったから、魔力補給…ってか?? やっ…ア…ン」

ハフハフと鼻息を荒くし、舌がふっくら睾丸の裏側…敏感な菊門に触れた。
ざらついた刺激に呼応するように、包皮に覆われた亀頭がピクンともたげる。
その向こうで、吹っ飛ばされたクルトは頭を打って気を失い、横たわっている。

「アンディ!?…なんて声出してるのさ…!?」
「今はそんなことはッ…な…なるべく射(だ)さないようにもちこたえるからッ、はやく…」

針金がおちんちんに巻きつき、引っ張られた。

「ああいたたたた!!!」

むにーっとおちんちんの皮が伸びる。
この世に生を受けて以来、ずっと慣れ親しんできたこの愛らしい突起に、己の体重を支える強度があるかは疑問だ。
膨張し、硬度が増しているとはいえ。
おちんちんが意思を持ってるみたいに蠢き、たまらず腰をクネクネうねらせ、引きずられる方向へ移動するたび、
それがピストンとなって針金の食い込んだペニスから快感がビクビクと背筋を駆け上がった。

「ンンゥゥッ〜〜」

悩ましいしかめっ面で歯を食いしばるが、すぐに掠れた声が上がり、ふさあっと柔らかな髪が悶える。
カリに糸が食い込んでクニクニこすれてぇぇ……はあァァ……キモチイイ〜〜!!

包皮の内側で分泌された透明な粘液が滑りを良くし、粘膜の先端がクチュクチュ擦れて、先端のお口から雫が滴る。
お尻の穴を舐め上げる舌が直腸にまで入り込んできて、おちんちんの裏側の、もう一つの先端をアイスキャンディのように突っつかれるピストン。

「あっ…ハアウッ……出…でる…オレ…」

射精感が沸き起こったとき、アンディは指で陰茎に食い込んだ針金を一層固く縛り上げた。

「ぐあぁぁっ!!」

そのまま痛みにこらえながら固結びした。

「へへっ、オレの魔法因子はやらないぜ。吸えるもんなら吸ってみろ!!」

ペニスが萎めば針金は外れるという算段だったが、血管が浮き、ギンギンにこわばった少年の精力は当分、おさまりそうにない。

「ああっ…痛ててててッ…」

勢いよく締めすぎて、針金の食い込んだおちんちんを押さえる指に血がついている。

ガルムは悶えて横たわっているアンディを諦めると、今度はジークベルトに向けてピアノ線を飛ばした。
ジークベルトのほっそりした首が絞まる。

「あああーっ…やああっ!!」

ギリギリときつく締まってきて、だんだん上に引っ張られ、えび反り状に宙に浮きあがった肢体。
消えそうになる意識を掴みとりながら見たのは、飛びかかってくる狼だった。

「んぐぐぐっ……」

ばたつかせ抵抗する足も元気がなくなり、だんだん全身の感覚が夢心地になってきたとき。
少年は信じがたい、けれどもずっと待ち望んでいた光景を見た。

狼の前に立ちはだかり、舞う黒い外套の中から現れたのは、胸部から腹部をガードするレザーのビスチェ。
レオタード状の漆黒の肌着と同じ色のロンググローブ手袋、ニーソックスと一体化したブーツからはみ出た艶やかな肌が目を惹きつける。
両腕には鎖のついたレザーの手枷、両足首にも足枷、首には首輪のような、黒光りするリングが巻かれている。
片耳に大きなピアスをつけ、膨らみのない胸と対照的に、きわどいハイレグにはモリマンが浮かび上がっている。
髪は中性的なセミショートで2本のお下げはなくなり、その瞳は赤く、巨大な鎌を持っていた。

最初は女魔道士かと思った。エナメルのように光沢ある黒は攻撃的でブロンド髪と美しい素肌を惹き立て、危険な艶気を放っていた。
だが、その顔を見たのは初めてではないとすぐに直感した。
ジークベルトにとって過去1年半で…心の奥底で一番求めていた瞬間が訪れたのだ。

「エアリアル・ストライク!」

聞き覚えがあるより、ややトーンの下がった声。
かまいたちの風が狼を包み込む。ピアノ線はたちまちちりぢりになって消し飛ぶ。

「お兄ちゃん…」

ちらりとこちらを見たのは、エリクだった。
久々に見た兄の姿。髪形は変わり、顔立ちは少し顎が引き締まった気がしたが、目鼻立ちは殆ど変わらなく見えた。

以前より少し背が伸び、すらっとした印象なのは、主に手足が長くなっているからなのか。
特に下半身は腰から下、腿が長くなり、サッカーならボール回しやリフティングが得意そう。
けれど体毛は薄く、同年代の白人少年と比較しても体格、身長とも14歳にしては幼い容姿だ。
夜間戦闘で飛んでいたから、成長期の睡眠が足りなかったためだろうか?

エア・ブレイドでガルムを吹き飛ばした兄に駆け寄り、抱きつく少年。

「にいちゃああああん!! うわああああああああ」
「ジークベルト。少し、大きくなったのかな」
「お兄ちゃん…変わった?」

あの近所を駆け回った明るかったお兄ちゃんが、別人のように落ち着き払っていた。
この歳で命の駆け引きを繰り返してきた影響の重さは計り知れないが、それだけではない気がした。

「お兄ちゃん、どうしてここが?」
「ベルリンの魔法協会で聞いたのさ。おまえがケルンへ向かったってね」

話す様子がいつもと違う。瞳の焦点が合っていない。

「ま…まさかお兄ちゃん、視力が…」
「焼けた故郷を見なくてすむのはありがたい。それにお前の声を間違うもんか。顔だって心の目で見れば分かるさ。
昔、よく抱き上げた弟の手触りを、ぼくが間違うわけないだろう?この起き上がった癖毛もね」

寂しげに赤い瞳が笑い、兄の左手が癖毛に触れる。

「目…見えなくても戦えるの?」
「完全に光を失ったわけじゃない。光の色だけは分かる…それにぼくは探索に秀でた風属性だよ? 
 ジークベルトのお嫁さんをこの目で見れないのだけが心残りだが」

アンディはおちんちんの痛みをこらえながら、眺めていた。
確かに兄弟二人ともよく似ており、ジークベルトの髪がぴょこんと立ってる以外はパッと見、見分けがつかなかった…
背丈はエリクのほうが一回り高く、細かく見れば弟はおっとり、ほんのり垂れ目気味ではあったけれども。


エリク・シュナイダー。
夜戦の撃墜王。
もっと逞しい体格で、鋭い眼光を想像していたのとは裏腹に、いま目の前に居る伝説の少尉はアンディより少し背が高いだけの少年だった…。



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