S-6  クルトとナルツィッセ

 

「お〜い二人とも、どこ行っちまったんだあ?」

クルトは雪化粧をした杉林の中を彷徨っていた。地図を片手に持ち、杖を地面につき立て、雪道に足をとられながら。
飛び交う銃弾と赤軍兵士から一歩でも遠ざかろうとして。

あの日、SSの子供だましみたいな罠に引っかかるドジを踏んだのは、以後一生つきまとうであろう不覚だった。
その追いかけてくるような恥から逃れたくて、走り続けたのかも知れぬ。
日はすっかり昇り、雪化粧をした野原をキラキラと照らしていた。
だいぶ走ったところで、弱い日差しによってできた自分の影が、本来できる向きと全く逆であることに気付き。

「あっちゃ〜…」

片手に持った地図をよくよく見れば、上下さかさまに持っていた。
来た道を戻るわけにも行かず、すっかり道に迷ってしまった。
味方のドイツ軍は近くにいないのだろうか?

「腹、へったな…」

長い指で、ぺったんこのお腹をさする。
昨日食べた野戦食は肉スープ、ラードを塗ったパン、コーヒー。
粗末なもんだと思ってたが、今日は最悪、魔法で鳥でも撃って、焼いて食って生き延びるしかないのかも。
こんなとき、アンディだったらどう動くだろう? 初めて会った日の笑顔を思い出す。


今朝、アンディに反発したことをちょっぴり後悔していた。
軍隊というと、敬礼の角度がなってないとか、ズボンのプレスが歪んでるとか、効率に関係ないことをいちいち指摘する人種ばっかりだと思ってた。
でも、同じ年頃のアンディは訓練のときもそんな大人に反発し、自分と同じ小さな身を挺して守ってくれてた気がする。
親父さんはエリート師団の将校だったらしいが、その何分の一かの背中でも、勇気は頼もしく漲(みなぎ)っていた。
アンディなりに気遣ってくれていたのだろうと、今になって思う。

(サバイバルの知識も、仕入れておくべきだったなぁ)

13世紀ごろ、ケルンの少年ニコラスは2万人の少年少女を集めて少年十字軍を結成、アルプスを超えてイタリアのジェノヴァを目指したという。
険しい山岳地帯を超える途中、多くの少年少女が死んだそうな。
飛行機も鉄道も自動車もない時代のことだから、歩いたのだろう。そのとき、食糧はどう調達したのだろうか?
労苦は想像つかないが、昔の人は強かったのだとの実感に耽る。
何も知らないように見えて、サバイバルの知恵と勇気を持ち合わせていたのだと。

そういえば1880年に632年間の歳月を要して完成したケルン大聖堂の建設が始まったのも、同時期だった。
作り始めたということは、当時すでに設計図はあらかた完成していたことになる。宗教的衝動では片付けられぬ美の感性の素晴らしさ。

あれこれ考え込むと止まらない癖が、今日は気を紛らすのに役立った。
戦争で貴重な文化遺産や、未来に残る偉業を成し遂げるはずだった貴重な人材が、
世界からどれほど失われたかを想像して暗澹たる思いに至ることを、13世紀への思索が防いでいた。
そして自分がケルンに生まれるのが700年早かったら、自分はどうしてただろう?という答えなき問いが、
きっと今のままなら生きて故郷の土を踏む可能性が低いであろう恐怖に、煙のように覆いかぶさっていた。

頭をひねって何十分歩いたのだろう? いつしか民家らしきものを見つけていた。

(ああ、これぞ神のお導き……)

まだ13世紀人にぶっ飛んでいた頭を現実に引き戻したのは、中から聞こえてきたロシア語の話し声だった。


『…1914年の騎兵隊は前線から200キロも離れたところで鶏を盗んだり、女をアレしたりしたんだとよ!ガハハハハ…』

そこは放棄された村の廃屋だった。
T34戦車、コサック騎兵が続き、野砲を引っ張る牽引車に続く荷馬車。
現代と中世の入り混じったような様相を呈していた。

(このカオスぶりは…)

ソ連兵が見張ってない隙に、クルトは木に隠れながら、慎重に近づいていった。
兵士の目を盗んで荷馬車の幌に忍び込む。
何か使えるものはあるだろうか? 食糧を手に入れられるかもしれない…と思い、中へ入ったのが甘かった。

(なんなんだ、これは)

幌の中はマホガニーの家具やら壺やらタイプライターやら…日用品が満載されていたのである。中には楽器のチェンバロまで。
多くは来る先々で、占領地に植民していたドイツ系住民から略奪した「戦利品」の数々だった。そして今も現在進行中ということなのか。

『おい、なんだ、この本は』
『植物図鑑にしちゃ小さいが、…まじないの本にも見える。ハハハ、暇つぶしに眺めてみるか』

幌の隙間から外を見ると、赤軍兵士の一人が手にしていたのは、皮の表紙に鍵つきの鎖で封をされた、古ぼけた本だった。
クルトには、その表紙には心当たりがあった。

(あれは召還魔法の魔道書? こんなところで)

きっと、この民家の「元」あるじも魔法使いではなく、魔道書とは知らずに入手した本を、本棚の隅に置きっぱなしていたに違いない。
何が何でも回収しなければならないと思った。

『鍵がついてるぜ? 』
『どれ、俺に任せろ』

一人がナイフの先を錠前に突き立てて、こじ開けようとしている。

(やば…)

だが、いきなり自分がノコノコ出て行っては怪しまれるだけだ。
クルトはチェンバロに手を当てると、ピアニストの長姉が演奏している姿を思い描いて魔力を込めた。


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魔道書を囲んでいた男たちは、外からバロック音楽が聞こえてくることに気付いた。

『誰だ? 誰が弾いているのだ?』
『バッハだな? 弾いているのはドイツ人か!?』

銃を構えて外に出て、音の漏れるトラックを取り囲む。
その隙に、垣根に隠れていたクルトが家の中へ入った。

魔道書はテーブルの上に置かれたままだったが、鍵は外れていた。
本のページが開きかけ、中から触手がウネウネのたうち、芽吹きかけている。

慎重に近づき、ステッキを伸ばしてハードカバーに先端をつけ、先端に魔力を込める。
持ってるだけで手が腐りそうなぐらい、大嫌いな杖が初めて役立った。
大人しくカバーの中に収め、魔力を込めた鎖かロープで縛って封印してやらなければならないが、グリモワールは実家に置いたままだ。

(さあ、大人しく眠っておくれよぉ…)

今なら、攻撃系魔法で気絶させ、縛り上げておけると思う。たぶん。
静かに魔法の詠唱をはじめ、杖の先端がぼうっと光り始める。

そのとき、外で銃声が響いた。
幌の中で鳴っているチェンバロの演奏者を威嚇しようとしたに違いない。
演奏は止まらず続いていたが、また斉射が響いた。

『さぁ、出て来い!!』

轟音に驚いたか、たちまち少年の背丈ほどもある水仙の花が本の中から溢れ出て、足が猛烈な速さでクルトに飛びかかった。

「うわっ!!」

ひらりと身をかわしたが、束になった根がチェストを破壊して壁に突き刺さる。
家全体が揺れ、埃が立ちこめた。

『うわっ、なんだ、あれは!?』

ロシア人たちも異変に気付き、水仙の化け物目がけて銃を発砲する。
その弾が机に置いてあったマグカップを弾き飛ばし、クルトの頭に当たる。

コツンッ!

「あいたたぁ〜…中に人がいるんだぞ!?」

頭を押さえている間に、今度は窓からいくつも手榴弾が入ってきて、足下にコロコロと転がってくる。

「やばッ!」

パン食い競争より早く、家の外へ走り出た。
鼓膜が破れそうな大音響とほぼ同時に身を伏せ頭を抑え、土埃まみれに倒れこんだクルトを見つけたソ連兵が銃を構える。
しかし発砲するより早く、窓の中から突き出てきた鞭のようなツタがソ連兵を突き飛ばす。
斉射を命じようとした将校に、クルトはすっ、と細い手首をかざすと、水仙の前に立ちはだかった。

『貴様らにかなう相手ではない。ここはぼくに任せておけ』

ロシア語で言うと、睨みつける少年の眼差しに気おされたように、銃を構えながらも後じさりするソ連兵。

「フレイム・アロー!」

水仙と少年の戦いが始まった。
ツタの束は高速に少年魔導師を追いまわし、ひらり、ひらりと細い身体が間一髪でかわしていく。
気温は冷たいが、細身の少年からは湯気が立ち、高い体温に乗ってフワリとケルン名産の香水の香りが揮発している。

「はぁっ…はぁっ…」

すらりと華奢な身体。ただでさえ運動より学問をしてきた上、栄養を頭脳に吸い取られているから、筋肉が育たなかった痩せっぽちの身体。
加えて、ここんところ魔物と戦うこともなかったから、身体が鈍(なま)っていた。
かわしきれなかった触手が外套をかすって服を引き裂き、めくれた隙間から素肌が露わになる。
胸。お腹。おへそ、フトモモ……つるつるで一点のよどみもない肉に傷がつき、赤い雫が滲む。

このままじゃ、やられる。

「ファイアー・バインド!!」

火の輪が根っこを幾つかとらえ、地面へと固定する。
ところが、それより多くの根っこの束が顔を出してはきりがなかった。

当たった触手にズボンのベルトを飛ばされ、細いウェストまわりに、ガーベルシュタイン家の家紋が刺繍されたブリーフが露わになった。

「ぐっ…」

吹っ飛ばされ、叩きつけられた場所に雪はなかった。
自分の放った火炎によって雪のめくれあがった土肌はまだ、あったかかった。
うつぶせに這いつくばって咳き込んでいる身体に、ツタが巻きついてくる。
新芽がでてフトモモに巻き付いて、ひっぱられた。

ステーーン

ずるずるずるっ

「ひあっ……うううっ……」

魔法を発動しかけ、光り始めた手にとびかかってきた。
手首を引きちぎらんばかりにきつく巻きつき、ツタの節々が摺れて血が溢れ出す。

「アアア〜〜〜〜ッ」

バンザイされ、空中に磔になった美少年。きめ細かな絹の肌はさすがに貴族だ。
その白い肌の内側を葉脈のように通る血管が、うっすらと青色の筋となって透けて見える。
鎖骨の下、うっすら浮き出た肋骨の上に乗った乳首が縮み、固まっている。
よどみ一つないすべすべのおしりに寒さで浮き上がる鳥肌。
ブリーフには名家の家紋の下に、ほんのり膨らみが息づき、汗で透けかけている。

「あっ…うン…ぐっ…」

ツタは足首を伝って細長い足を支柱のように締めつけながら巻き上がってくる。
ガクガクと手足が震え、執拗に傷口に群がり、少年の生き血を吸収して生長しているのだ。

【これはこれは、ガーベルシュタイン家の坊ちゃま…】

背後から声が聞こえた気がして、はっ、と振り向くが誰もいない。

【見りゃ分かるよ、このパンツの家紋をね】

若い青年のような、優しい声だった。
細いツタの一本がピコンッと弾くように、おちんちんの膨らみの先っちょに触れた。
するとこの水仙が、クルトの意識に直接話しかけているというのか。

「なにが狙いなんだ?」

【一目見たときから、きみを抱きしめてみたかったんだあ】

身体を締め上げる触手の力が強くなって、どんどん巻きついてきていた。
芽の細い先端が白い布の上を踏むように刺激を与えた。
腰を振って抵抗するが、足に絡みついたツタはますます食い込む。

【ボクは久々に目覚めたばかりで、お腹がぺこぺこなのさ】

「やっ…めっ…あああ〜っ」

意味はすぐに分かった。魔法因子を…スペルマを求めているのだと。
クルトはオナニーは知っていたが、厳格な寮生活は手淫もままならないほど少年の身体を疲れさせたし、
夜の自由時間でもそんな暇があれば寝床で書物を読むほうが楽しみだった。
けれどその分睾丸に溜め込まれた蜜は、十分な量だった。

【なに、すぐに至福の時間にして差しあげよう? ぼくとちょっと大人の遊びをしようよ】

うじゅるうじゅると群がるツタがペニスをこね回し、じゅんっ…と染み出る透明な液体に、ほんのりイカ臭い性の香りが立ち込める。

【一つ、クイズを出そうか。未完成品であるにもかかわらず、完璧な美を備えるこの世に唯一つのモノ。なーんだ?】

「ああっ…やめっ…アアアーーーーッ!!」

【答え。少年の体】

チェンバロは壮厳なバロック音楽を弾き続けていた。
パンツの中に睾丸からしぼり出された新鮮な先走りのエキスが溢れ出て、家紋を汚していく。

【ボクのこと、なんて呼ぶか知ってるだろう?】

「Narzisse(ナルツィッセ)……くっ、何が言いたい」

【つまりナルキッソスのこと。自己愛の強いボクにとって、キミの美貌こそボクの分身として愛でるに相応しいと思ったのさ。どれ、さっそく嗅がせておくれ】

雪中花の大きく開かれた花弁が、透明な汁で透けたパンツの膨らみをまぐわう。
幼蜜がラッパのような口にチロチロと吸い込まれるたびに、新しい蕾がまた花を開かせ、芽吹いていく。

【頬擦りしたくなる形のいいヒップだねぇ。キミはクレタ人の青年貴族の話を知ってるかい? 彼らは美少年の愛人を持たぬことを恥じたという…】

「ぼくをどうしようと言うんだ………ああソコッ・・・気持ちいい…」

【あははっ、キミ、お高く止まっているように見えて割りと感じやすいんだねぇ!? ほらほらぁ、ココかぁい?】

ぐちゃぐちゃになったパンツの中で、今度はアナルに殺到するツタ。

「そっ、そこは排泄器官だぞッ」

【綺麗な穴だね!?】

「いっ…ぎっ…やめ…!!」

ツタは直腸を突き上げ、おちんちんの裏側をコリコリとまさぐっている。

(ああ〜、人体の仕組みで、こんな気持ちいい神経スポットがあったなんて教わらなかったぜ? ふひっ…)

名家の血をつないでいくために、両親はぼくをつくった。
幾度目かの挑戦の末にようやく生まれた男子。姿かたちは女の子のようであったとしても。

けど、いまぼくは、女の子の気持ちよさを体感しているのだろうか。

ふと全寮制の男子校に入れられた頃を思い出した。
寮では性行為はご法度のはずだったが、11歳で入学したての頃、名前も知らない先輩に布団の中へ忍び込まれ、抱かれた夜を思い出す。

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あのときもぼくのパンツの中へ指を滑り込ませ、モゾモゾと揉まれた。
6人部屋だった。
声も出なかったが、同級生たちは物音に気付いていたはずだった。
翌朝、接し方が妙によそよそしかったのを覚えている。

事が済んだあと、そっとおちんちんとパンツだけ洗いに行った。
先輩は週に何度も潜り込んできた。髪を撫で、おちんちんを触り、お尻を触り、腰に手を回して抱きしめてきた。
でも、ある日ズボンを乱暴にずり下げ、硬く強張った棒をお尻に突っ込もうとしてきて。
入り口をこじ開けるような痛みに我慢できなくて、でも叫ぼうとしたら口を塞がれて。
とっさにぼくは指で先輩の下腹部を指でなぞって印を切ると、小さな火の玉を放った。
先輩は悲鳴を上げて飛び上がり、大騒ぎで自室に逃げていった。

あの晩以来、先輩は来なくなった。
聞いた話だと風呂ではしばらく、前を隠して入っていたという。
火傷を見られたくなかったのだろう。

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あのとき貫かれていたら、きっとこんなふうになっていたのだろうか?

【ほら、もっと力を抜いて…美しいボクの巻きついた裸体(カラダ)…最高に淫らで、綺麗だよ?】

開け放たれた本のページから噴き出した巨大な水仙。
花に絡みつかれた天使の妖しい痴態を、赤軍兵士も恍惚と呆気に取られて見つめていた。
勃起して自然と剥け上がった亀頭の粘膜は淀みなきピンク色をし、透けるようだ。

【愛とは今までの自分を殺して、一個の別の自分になろうとすることなのさ! さぁボクと一つになろうよ!】

(ああ〜やめろ〜〜…ぐっ、コイツ尿道にまで入ってきやがった…)

自分の身体が内側まで蹂躙されていく恐怖心と、あり得ない場所にあり得ないモノが突っ込まれていく好奇混じりの興奮と。

【ホラホラ〜、根元の奥から吸い取ってあげるね!? ガーベルシュタイン家の精…ボクは800年近くも待ったんだぁ〜
 …ンうッ…顔に劣らず凛と立った、端整なおちんちん…】

腹這いに寝かされ、股を割った中心の菊門にねじ込まれる束。ピストンの滑りを良くする飛び散った腸液と赤い血がブリーフに染み込む。
揺れ動くのにあわせてブルンブルンとたまたまが踊り、おちんちんが地面に摺れ、直腸に突っ込まれたピストンの動きにあわせて前後する。

【嫌いじゃないはずだよ? 本当のキミはもっとエッチでいやらしいのが好きなはずだ…今こそ自分を解き放つのさ】

尿道の内壁をゴリゴリ擦る触手は、奥の膀胱に溜まりはじめていたオシッコまでチューッと吸引する勢いだ。
睾丸で捏ねられたばかりの若い魔法因子を一匹たりとも逃さず捕獲するような、その蠢きがまた性感帯を突き、少年の海綿体をビクンビクンと打ち震わした。

【あぁっ、また新鮮な蜜が生まれてきたよぉッ】

(おお我が主よ…快感に逆らえぬ我を許したまえ…)

13世紀へ意識を飛ばし、気を紛らそうとしても、本能の疼きの前にはもう、無駄だった。



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