S-7 ジークベルトとファフニール

 

ソ連兵から逃れてきたジークベルトは、木の上に上って息を潜めていた。
すぐ下を敵兵が銃を構え、きょろきょろと探っている。

(上を向かれたら、見つかっちゃう…)

一本の白樺でも、今の少年にとっては世界樹イグドラシルであった。
しばらく息を潜めていたが、兵士の一人が後ろを振り返ると大声で何やら叫び、来た道を引き返していった。

「ふーっ、助かった…」

額に浮かんだ汗を拭う。真冬だというのに、服の中も汗びっしょりだ。
ふぃ〜っと深呼吸し、去っていった敵兵のほうを向いたとき、地鳴りがしたかと思うと木が揺れた。

(また砲撃が始まったの!?)

首から下げた双眼鏡を覗くと、体長20メートルほどの猛獣が、そのソ連軍のトラックを踏み潰していた。
それはドラゴンだった。ゲルマン神話に登場するファフニールを思わせる巨大な竜。
巨大な翼、全身はうろこに覆われ、前足でソ連兵を掴み投げ飛ばしていた。

「うわっ、だれだよ、あんな魔法使ったの…」

瞳は赤く輝いている。魔族だ。
T34/85戦車の85mm砲弾が命中しても効いている様子はなく、はじき返している。

『ニ・シャグ・ナザート!!』

士官が響き渡る声で、ちりぢりに逃げ出そうとする周囲の兵に叫んでいる。

『ヒンナイーーン(突撃)!!』

低空を円を描いて飛んでいた、でっかい赤星の描かれた飛行機…【空飛ぶ戦車】イリューシン Il-2『シュトゥルモヴィーク』攻撃機が頭上めがけて爆弾を落とす。
その爆発に同士討ち的に巻き込まれているソ連兵の光景に、(うわあ…)と顔を手で覆う少年。
見てられなかった。

(今は魔法使いの使命を優先し、ファフニールを倒す!!)

お兄ちゃんだって、同じ状況だったらこうしてたよね!?

ジークベルトは器用に木から滑り降りると、竜のいる方角へと走った。

『ストーイッ、手をあげろ!』

赤軍兵が見つけ、銃を突きつけてくるが、ドラゴンを指差して身振りで訴えた。
なおも通せんぼする赤軍兵に今度は睨みつけると、
スウィング団に絡まれたとき、自分を庇って助けてくれた兄の口ぶりを真似て一言、

「どきな」

すると、髭面の男は可憐な勇気に萌えたのか一瞬、ポッと恋する乙女の眼差しになったが、意味は分かったらしく、銃を下ろして言った…
『坊や、アレと戦おうってのか!?無茶だ!』
横では士官らしき男が無線の受話器にがなってる。

『ナチの生物兵器が現れた! 徹甲弾が効かない!大型爆弾を積んだ爆撃機と……
 あとレイニングラードで使った356mm砲を至急運んでくるようモスクワに要請してくれ!ああそうだ、列車砲だ』

戦艦の主砲並みの砲弾なら傷ぐらいはつけられるかも知れぬが、魔族の息の根を止める上では、
魔法以外の攻撃手段に決定的な効果が期待できないことは兄にさんざん聞かされていた。
ジークベルトは両手の指先が印を切り、両手に出した炎を一つに繋げた。

「マテリアライズ! フレイムランサー」

二つの炎をよじって棒状にし、出現させた炎のバトンをチアリーディングみたいに指先でくるくる回転させ、跳躍した。

「いっけぇぇぇー」

槍投げ選手みたいに渾身の力で投げ飛ばす。
竜の足に突き刺さって青い飛沫が飛び散ると、見ていたソ連兵からも黄色い歓声が上がる。

『まさか、あの少年が火神スヴァローグさまか?』
『おお、なんと愛らしいお姿なんだ…』

第一次大戦以降、科学技術と総力戦による戦争の時代の到来と引き換えに忘れられて久しい、生死をかけた一騎打ちの美しさ。
それは敵味方問わず、心を惹きつけるものらしい。

ドラゴンは黒服の少年魔道士に気付き、ジークベルトのほうを向いた。
だがその時にはジークベルトの手のひらから、その腕よりずっと太い炎が噴き出していた。

「ヴェイパー・ブラスト!!」

炎の流れは眩惑する閃光を放ち、ドラゴンの顔面向けて駆け上がっていく。
その熱で雪原は溶けて地肌を露わにし、放棄されたソ連軍の火器が炸裂している。

「やった。できたよ、お兄ちゃん」

一時的に力が抜け、地面に倒れ込むジークベルト。
さぞかし黒焦げになっただろうと、再び上げた顔は瞬時に失望に歪んだ。

「そんな!ほとんど効いてないなんて」

毛はチリチリと焦げていたが、炎の槍を受けた部分も回復を始めていた。
起き上がろうとするジークベルト。
だが竜は想像を超える速さでジークベルトに飛びかかる。
地響きがし、雪と土の煙を上げながら突進してくる。

「マテリアライズ!バリアフォーム」

黒い外套の内側に現れた魔法の鎧は、西洋騎士の全身を包み込むプレート・アーマーだ。
少年の体格にピッタリの子供サイズ。

「マテリアライズ!ジャーマンハルバード!」

手許には槍の先端に斧を合体させたような、中世ドイツ騎士の使用した武器が現れる。
可憐な少年騎士が獣をさらっとかわし、長槍で牽制しながら対峙する。
距離をとって踊るようなステップ。

「はぁっ…はぁっ…」

爪で攻撃してくるのを槍で受け止め、その反動でくるり横に入り、突こうとするのを阻まれる。
せめてもうあと一人、味方がいてくれたなら。

『見ろよ! ゴリニチとイワン坊やの決闘だぞ!? 手に持ってるのは魔剣サモセクではないけど』

ソ連兵たちがジークベルトに声援を送る。

(アンディ!クルトも、いたら助けて!)

ドラゴンが炎を吐く。
あたりの空気は暖かくなり、真冬の温泉地みたいに雪の中に地肌が現れ、白い湯気を上げている。

「マテリアライズ!デュエリング・シールド!」

魔法の盾で防ぎ、迫ってきた猛獣を避ける。
再び魔法の斧槍を構え、細く長い足が雪の大地を蹴って飛び上がろうとしたとき、雪解けのぬかるみに足を取られた。

ずるっ。

「しまっ…」

ドゴッ!!
腹に竜のの前足が食い込み、そのまま吹っ飛ばされる。

「うぐっ!」

戦場に放置されていたトラックの残骸に背中から叩きつけられ、地面に転がる少年騎士の細い身体。
槍を落とし、お腹を押さえ、もがきながら咽せこむ。口から滴る唾液に血が混じる。
魔法の鎧がなければ爪で胸を抉られてたところだ。
胸当てにできた大きな裂け目が衝撃の大きさを物語る。

息つく間もなく、巨体が覆いかぶさってきた。
槍は手を伸ばしても届かないところに転がっていた。

「ああああああああっ!」

手足は簡単に抑え込まれ、恐ろしい顔が迫る。
間近で聞く雄たけびに、木々に積もった雪がドサッと落ちる。

「ああっ…やだっ…ぁ」

死を覚悟する少年。鋭い牙がお腹に突きたてられた。
魔法の鎧に穴が開き、バチバチと電撃が走る。
一度穴の開いた板は脆い。

「うっ…アアアーーッ」

ミシミシとヒビが入り、鎧の裂け目から露わになったインナータイツ。
その穴に舌を突っ込んで穴を広げ、舐めまわす舌も硬い。

チュドッ!! ジュルルッ!!

周囲からは獲物を解体し、内臓を貪り食う恐ろしい光景に見えたかもしれない。
だが竜はまず、少年の身体を覆う魔法の鎧の残骸を食らっていた。込められた僅かな魔力をも吸収しているのか。

(うぇっ…)

ドラゴンのブレスがかかり、その異臭に鼻が曲がりそう。

原形をとどめなくなった魔法の鎧が解除されて露わになったのは、大好きだったお兄ちゃんのお下がりの洋服だった。
ほとんど着ることもなく大空の戦場へと赴き、姿を消したから、新品同然でもあり、
また兄がいつもそばにいてくれるような安らぎと、ぬくもりと、わずかな残り香でもあり。
瓜二つのその顔立ちは、同じ服を着れば髪の長くないエリク少尉その人の姿であった。

獣は少年のうなじに鼻をヒクつかせていた。

「ああやだっ…脱がさないでぇ〜〜」

爪がエリクの服も乱暴に引き裂くと、鼻はヒクヒクと敏感な腰のあたりで止まった。
服の下に着用していたのは、女の子のレオタードみたいな白い肌着だった。

「おおっ…」

まわりで状況を見守っていたソ連兵たちの目も好奇に変わる。

ミュンヘンの女学生から「寒い場所で寝てもお腹をこわさないように」との手紙つきでプレゼントされたモノだが、
何十年か後の東洋の国では「スク水」と呼ばれることになる形状を誰がデザインしたのか分からぬ。
薄い純白の生地は濡れれば容易に透けてしまいそうだ。
ひょっとすれば贈り主は、少年の纏う衣服の人知れぬ部分に、敢えてこの白薔薇のように美しい革新的な下着を着させることにより、
密かにナチの象徴たるSSの漆黒に対する、反逆の意志を込めたのかも知れぬ。

細い腰にきゅんっと縮こまったおちんちんと玉袋は、少し窮屈なスク水の上にぽっこり、モリマンのように浮かんでいる。
おっぱいの浮き出、鳥肌を隠そうともしない露出度の高い、白く細い肢体がうねる。

「ひっ…やめろぉっ…」

アンディとジークベルト。
どちらも無駄がなく、すべすべで美しい身体つきをしているが、筋肉のつき方が違う気がする。
バスケ小学生のような足のアンディに対して、ジークベルトのは少年バレエダンサーのように優雅だ。

ファフニールの口が眼前に迫る。

「ひぃぃっ!!僕を食べないで」

竜の舌の細くなった先端が少年の股間をしゃぶり始めたのだ。
舌の表面は粗く、ブラシのような丸いイボイボに覆われている。
白い布越しに、タマタマの裏筋をざらついた感触がゴリゴリと這うと、たちまち生地は透け、可愛らしいおちんちんの輪郭が浮き上がった。

「アアッ…ンっ…アウウン…」

凹凸に嬲られ、だんだんムクリと頭をもたげる、幼い蕾。
ぼくと仲良くしてくれた少年団(D・J)の年長の先輩や、同級生には絶対に見せられない裏の顔。
こんな姿を見られたら蔑まれるに決まってる。

なぜだか分からなかったけれど、こういうことだったんだね?
おにいちゃんがお風呂上がりに、

『おちんちんを魔物の前に出すんじゃないよ。ちゃんとパンツ履いて寝るんだよ…』

って教えてくれた意味。

ごめんなさい。ぼくは魔法使いの名を汚すだめな弟です。
お兄ちゃんの顔を潰すまいと、今までがんばってきたのに…

「あああああ〜〜〜」

高い嬌声が響き渡り、いっそう気持ちよくなる股。
ピチャピチャと舐める舌の動きは増し、透けた蕾は隆起し、プルプルと弾力ある、でも幼い力強さを放つ肉茎に血流が流れ込んでヒクヒク脈打つ。
一点の穢れもない裸の少年騎士に快楽の波が襲いかかった。

(ああお兄ちゃんっ!憧れのあなたもっ、こんな気持ちいいこと知ってたの!?)

それはジークベルトにとって初めての性体験だった。
少年が男に生まれ変わる瞬間が、今訪れようとしていた。


(※筆者注 スウィング団…ハンブルクに出没したギャング)



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