エピローグ


S-1  現代   フーガ・ロジスティクス株式会社 応接室


会長は語り部のように、魔法協会プロイセン支部の辿った歴史を子供たちに説いている。
一同クリスのドイツ土産のハーブティーとバームクーヘンを楽しみながら、耳を傾けていた。

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 こうして、ジークベルトは再びお兄さんと別れたの。
 エリクは魔女同盟のエグゼキューター、フェリクスの手によってブロッケン山の奥、古城の地下に鎖で繋がれた。
 悪いことをして捕まった魔法使いが閉じ込められる牢獄へと。

 一方のアンディにも別れは待っていた。
 フィリップは魔道書の封印を終えた数日後、『部下たちのもとへ行く』と言い残しシベリアへと旅立った。
 強制労働をさせられているドイツ人たちの中に、魔法使いがいることを知っていたから、彼らを支援する目的もあった。
 『アンディ。新しいドイツのことは頼んだからな』
 長い労役から解放され、アンディが再会できたのは10年後のことだった。
 その頃にはヴァルトラウトという美しい花嫁がいたけれど、ドイツも分断されていた…

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ササコ会長の話は勿論、あぶない性的な部分には触れられていない。
しかしタケルもリュータも、己の生身の身体で体験してきたものを思い出さないわけには行かず、
ズボンの中で可愛らしい竿がムクムク頭をもたげかけている。

「戦争で、魔法の箒を作るノウハウを持っていた工房も焼けてしまいました。
 現存するのは、ジークベルトが使ってたのが魔法協会ドイツ支部に保存されてて、
 エリクが使っていた1本は英国本部に研究用に預けられています。ここにあるのも最後の何本かのうちの1本です」

と、クリスがササコ会長のティーカップにお茶を注いだ。

「敗戦後の混乱の中で、魔法協会プロイセン支部は自然と休業状態に追い込まれた。
 やがてドイツの東西分割占領に伴い、消滅していく道を辿ることとなるの。

ソ連は占領地域の共産主義化を推し進めたわ。クラーク(富農)を撲滅し、農業の強制集団化を行ったの。
 その影響をモロに被ったのがアンディね。役人が訪ねてきたときもフィリップがシベリアに行ってて留守で、
 『オレんちは金持ってねぇよ!このボロ屋敷を見りゃ分かるだろ!』って随分と頑張ったらしいけど、かなわず家は完全に没落。
 けどイグナートのツテもあって、ソ連軍の手伝いみたいな仕事をする傍ら、魔族と戦った。国家人民軍(東ドイツ軍)が設立されると、兵士になったわ。
 それからすぐ、イグナートはアンディと、ドラゴンの出てきた【魔界の扉】を調査中、魔族との戦闘で亡くなった。
 以後、アンディが東欧諸国の魔法使いを統率して魔族と戦ったのよ。それが東ドイツ支部の始まり。」

「東ドイツ支部はヨーロッパきっての精鋭支部として、その名を轟かせたんです。
 テリトリーにブロッケン山を擁する支部としての誇りと使命を、アンディは説いたそうですよ」

クリスが付け足すと、ササコ会長は一服お茶を飲んで続けた。

「一方のジークベルト・シュナイダーはハンブルクでケーキ屋さんを始めたのね。「アップフェルシュトロイゼル」が看板商品。
 味は普通だったみたいだけど、パティシエの少年が明るくて可愛いということで、たちまち大繁盛…」

正しくは、少女がケーキを焼いていると勘違いした男の人が押し寄せ、少年だと分かっても『むしろそれがいい』と、求婚する者も現れたのが真相である。

「ケーキ屋さんの名前は『Vögelein(フェーゲライン)』。ドイツ語で「小鳥」の意味よ。
 そこで得た収益を元手に、お父さんの実業家としての商才を受け継いで多角経営に乗り出していった。
 海外進出を機に、商号を「フーガ」に改め、今のフーガ・コーポレーションの母体になったの」

「このバームクーヘンも『フェーゲライン』のなんです。今はフーガ・コーポレーション資本のチェーン店になってますが、1号店は今もハンブルクにありますから」

「ちなみに彼、ヘルシンキ・オリンピックに出場した射撃の名手としても、いいとこまで行ったのよ。
 その胸にはいつもエリクお兄さんのことがあったと言われてるわ。
 エリクのことはあまり記録が残ってないけれど、戦争で受けた傷が原因で 程なくして亡くなったと聞くわ。 
 もともと戦争で負った傷のせいで病がちになっていたこともあるんだけど、戦争末期、箒で飛び回ったとき、
 一人でも多くの魔法使いを救うため、不得手な回復魔法を使い続けたため体力が・・・」

ハンカチで目を拭い、話し続けた。

「そしてクリスくんのご先祖様。クルト・フォン・ガーベルシュタインは名門ゲーテ大学でも教鞭を執った歴史学者。
 10代最後の年、ジークベルトと飛行機でアフリカの奥地へ冒険旅行に出かけて、もっと古くに絶滅したと思われていた恐竜の化石を、
 年代的に比較的新しい地層から発見して世界的なニュースになったの」

「というのは表向きの理由。アフリカに伝わる魔法の痕跡の調査に行ったらたまたま見つけたっていうのが本当のところなんです」
「この二人が西ドイツ支部を設立したの。
 東西冷戦が終わって今の形の、一つの魔法協会ドイツ支部として再スタートできたのは、実に半世紀後のこと。クリスくんが生まれる少し前のことだった」

「ドイツが東西に分断されるとき、3人は永遠の友情を誓い合った。いつかまた共に魔族と戦えることを信じて。3人は心の絆でいつも強く結ばれてたといいます」

もし3人の少年たちがナチの手に堕ちていたら今の魔法協会もなかったし、クルトの残した学術的な業績、魔法研究の数々も成し得なかった。
そればかりか一生、魔法使いを生ませ続けるための種馬として生涯を閉じていたかもしれない・・・・・・口に出して語られることのない、暗黙の歴史のイフ。

「実際は、魔法使いとして、魔族との戦いの中で共闘したことは何度もあったんだけど。
 なにぶん東西で移動の自由がなかったから、しょっちゅう会うわけにはいかなかったみたいだわね。……タケルくんたちも、友達は大切にするのよ」

「アンディはヴァルトラウトにプロポーズするとき、こう言ったそうです…『オレ、魔法使いなんだけどそれでもいいか?』って。
 しばらくは本気で取り合ってもらえなかったらしいですが」

「一方のクルトは、本人にその気がないのに次々と舞い込む縁談から逃げ回って、しばらくはジークベルトの家に『退避』してたほどよ」

名家の跡取りの美少年とあらば、放っておいても追い回される悩みも絶えなかったとされる。

「それってー、政略けっこ…」
「どわああああっ!!!」

言いかけたトモキの口をリュータとコリンが塞ぐ。
「はい?」と、きょとんとするクリスに作り笑いし、誤魔化す一同。

「ま、タケルもジークベルトみたいに、もう少し兄を敬うといいよな」

ずっと黙って聞いていたユウトが口を開いた。

「エリクが生きていたら今頃は、有名な魔法兄弟として歴史に残ってたに違いないわ。エリクは風魔法の名手だった」

「ユウト兄ぃはクルトのクラリッサ姉さんに近いんじゃ…」
「クラリッサはね、ゆくゆくはガーベルシュタイン家の当主となるクルトに強く育って欲しいっていうご両親の意思を汲んで、
 留守中のご両親に代わって、敢えて厳しい姉でいたということよ。タケルもユウトお兄さんの本当の気持ちを理解する日が来るわ」

「そうだぞ、分かったか。夏休みの宿題、忘れたわけじゃないだろうな? クルトほどでなくてもいいから……」
「今度は、おれに勉強しろって言いたいのかよ」

むくれるタケル。

「いえ、真面目もほどほどが一番なのかも知れませんよ。
 国を挙げてくそまじめに素直にナチ体制を支えたから、犠牲が増えたのではないかと、クルトは書き残しているんです」

「こらクリスくん。余計なことを言わない」とユウト。

「アンディは『それは後から分かった結果論だ』と一蹴していますが、ジークベルトは語っています…
 『魔法使いが魔族の瘴気を感じるように、危険な物事には兆候があり、五感を研ぎ澄ませて気付こうと思えば、気付くことができたはずだ』と。
 今となってはどちらが正しいとは言えませんが…」

クリスは眼鏡をなおした。

「けど、ほどほどと無関心であることは違います。ナチの独裁体制は民主主義の正当な手続きを踏んで生まれました。
 多くのドイツ人がナチの横暴を許したのです。
 …そう、『自分には関係ないや』と居直って声を上げず、行動を起こす勇気を持たなかったことが、
 結果としてナチの延命を支え、死ななくて良かったはずの、多くの人々の命を奪ったことにつながったのです」

「『自分には関係ない』…どんな悲劇を目の当たりにしても、喉もと過ぎて熱さを忘れ、関心が薄れれば忘れさられてしまう。
 けれど人類は魔法に頼るまでもなく、強大な殺傷力を科学の力で生み出してしまった。
 魔法も科学も、使い方を誤れば危険な力であることに変わりないわ。
 そして、仮に魔族がこの世界からいなくなり、魔法使いが姿を消しても、魔女狩りはいつでも繰り返されるかもしれない。
 常に私たちの心の中に、そして社会に消えては生まれる、絶えることのない魔族と戦うことよ」

ユウトも頷いた。

「心の内に忍び寄ってくる魔族は手強いですね。彼らは魔界から来る魔族とは違って、正義や善意の姿に化けてやってくることがある。
 でも常に心の目を見開き、心の内に潜んだ魔族を照らし続けることだ……ぼくら一人一人の心に、グリモワールは宿っているのだから」



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