『甘やかな束縛』 |
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「ただいま!」
ああ、勇さんの声がする。 「歳ー!土産だぞー!」 起き上がらねえと。 そう思うのだが、俺の腰は全く立てそうな様子がなく。 「おかしいな。歳はまだ家には帰っていないはずだが」 遠くで源さんの声が返事をした。 「すると今ちょうど出かけているのかな」 「さて?」 二人の会話はそのまま廊下を歩んでくる。 俺は深く溜息をついた。 俺の腰だけでなく心内のほうも、とてもじゃないが起き上がる気分じゃなく。 なぜにも今日は、ついに勇さんに明かす日なんだ。 くそ。いっそこのまま狸寝入りができたら。 「おーい、どこに居るんだー」 廊下を来る足音が大きくなってくる。 「歳さんなら、まだ寝てますよ」 (げっ) ふと続けて聞こえた宗次郎の声に、 俺はどきりとして、咄嗟に布団を被っていた。 昨日。 俺は宗次郎に約束した。 もう宗次郎を人前で弟分としてあしらったりしないと。 あいつは俺の弟じゃない。俺の男だと。 もうずっと前からそう認めつつも、試衛館の皆の前で、俺は正直にならなかった。 俺の矜持が邪魔して。ずっと、あいつを傷つけてたと知った。 だから俺は反省したんだ。そして、 もう皆の前であっても、宗次郎とふたりきりの時と同じ振舞いをすると、 宗次郎に誓ったんだ。 「それなら寝かしておこう」 「いいや、歳は寝すぎだぞ。起こそう、」 だが、いざとなると、・・いざ、そうしてみようとなると。 「歳。勇さんが帰ったぞ!」 (まっ、まだ心の準備が) 俺の心中など構わず。がらり、と障子が無慈悲に開けられた。 布団を被り込んだままの俺のもとへ、どすどすと畳を踏んでくる足音が近づいて。 「いつまで寝てるんだ!」 がばっ 勢いよく、俺の布団は剥ぎ取られてしまった。 とたん涼しくなった肌が、ざっと鳥肌立つ。 (くそ) 俺は狸のまま、くるりと寝返った。 「歳っ!もう昼だぞ、起きろ!」 「源さん、やっぱり寝かしておいてあげないか」 うう。あいかわらず勇さんは優しい。 それに比べて、源さんは布団まで剥ぎ取って・・さみいよ・・ 畜生いいじゃねえか、昼まで寝てたって! (・・ん?) そういえば、肝心の宗次郎の声がしねえ。 どっか行ったんだろうか・・? そう思った瞬間。 どすん、と俺の体は思いっきり圧迫を受けた。 (ぐええ!) 体じゅうが重みにつぶされる。 (いやがったか!) ・・目を開けなくたってわかる、 俺の上に寝そべるような奴は、宗次郎のほかにいやしねえ。 なお目を開けぬままもがく俺の耳に、不意に勇さんの笑い声がした。 「宗次、歳の寝顔が苦しそうだぞ」 「ふっ・・そうですね」 ちきしょう、 こいつ何する気だ・・ なんだか嫌な勘がする。 「散々声をかけて起きないんだ。上に乗っかったくらいじゃ、起きないだろう」 勇さんは、何も知らずに笑っている。 (くそ、狸寝入りしてねえで、とっととトンズラしとくべきだった) 今日、 勇さんの前で。宗次郎がこのままで済ますはずがない。 恐らくは―――― 「・・・宗次っ?!な、な何してるんだ?!」 ・・・ やっぱり、きた・・・。 「何って、いま見たとおりですよ」 ああ、ついに、勇さんに知られる時が・・。 (俺いいかげん、覚悟きめよう・・・) 「み、見たとおりって、おおおおまえ、」 勇さんの悲鳴じみた声が飛ぶ。 宗次郎の唇がまるでおかまいなしに、 もう一度。 俺の唇に触れて。 「・・どこまでやったら目覚ますか、試してみましょうか」 (ど、どこまで?!) 「どこまでだって?!」 ぴったり俺の心の叫びと重なって、勇さんの叫びが部屋じゅうに轟いた。 「宗次、あのな?いくら仲が良くても、超えちゃいけない線があるんだぞ・・?」 ・・・諭すような勇さんの声が、いっそ憐れだ。 「勇さん、二人は、」 (!!) 不意に降ってきた、源さんの言葉に。 俺の心臓は、飛び上がった。 源さんはもう俺たちの仲を知っている。 まさか、いま勇さんに教える気じゃねえだろうな・・・? 「二人はとっくに、」 や、やっぱり・・!! (言うな、源さん!!) 心中悲鳴をあげる俺をからかうように。 源さんに言わせたまま宗次郎が、その硬い指先を俺の唇に這わせる。 (くそ、) 俺は今更目を開けるわけにもいかず、心内で必死に願った。 「とっくに二人はな、」 ああ頼む、頼むから、まだ言うな、 言わないでくれっ・・!! 「一線を、超えていい仲、なんだ」 ・・・・ 俺たちに代わっての、 源さんの重苦しい告白とともに。 勇さんの様子が、見ないでも伝わってくるようだった。 「・・・すまん、意味が判らない。もう一度言ってくれ」 「だからな、」 「だから、こういう仲ですよ」 突如。源さんを遮って、 宗次郎の声が俺のすぐ上で響いた、 刹那。 俺の息が完全に、 止まった。 「んーーっ!!!」 (宗次っ) 馬鹿、舌入れやがって!! 「んーんーっ!!」 「お、おい、宗次・・」 「むんーー!!!」 ・・こいつっ、 俺がこんなに呻いてるのに止めねえでやがるっ!! 畜生、離れろっ!! 感じ始めちまうじゃねえかっ!! 手足をばたつかせる俺に圧し掛かったまま、 まるで勇さんたちに見せ付けるように俺の口内じゅうを舐めまわしたあと。 宗次郎は漸く唇を離した。 「つまんねえな、もう起きちまったわけ?」 危やく意識が崩れかかった俺を、覗き込むようにしてヤツは哂い。 くそ・・ こいつのことだ、俺が狸だと見抜きながら、わざとやったに違いねえ! 「もっと先までいってもよかったんだけどね」 あげく俺が目をこじ開けた先で、宗次郎は飄々と言った。 「お、おまえたち、いつから・・・」 そしてぽつりと落とされた、勇さんの声は。 一年分の驚きをまさに凝縮したかのようだった・・。 |
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