天と地と



おれは寝込んでから、はや何回目になるかわからねぇ溜息を、そっとついた。
はぁ〜〜。
まったく、こいつらどうにかしてくれよ〜。


丈夫が取り得のおれが寝込んじまったのは、当然ながらわけがある。
昨日、子供が堀に落ちて溺れかけてるところに、たまたま総さん――宗次郎の頃からの俺だけが呼ぶ呼び方だ――と二人通りかかって、飛び込んで助けてやったんだ。
が、助けてやったはいいが、何しろ木枯らし吹き荒ぶ寒空の下だったから、堪んねぇ。
凍えそうで、このまんま試衛館までなんか到底帰れねぇ、有様で。
目に付いた古着屋に飛び込んだ。
そこで適当に安いのを見繕って、着替えさせて貰った。
それで、一息はついたが、それでも冷えちまった体は元には戻らず、試衛館に戻る前に湯屋で一風呂浴びて、ようよう帰り着いたわけだ。

で、出迎えてくれたのが、土方の旦那なんだが、これが怖ぇ形相で、仁王立ちになってた。
「総司、遅いぞ。何やってた?」
まぁ、ちょっと遊びに出たおれらの帰りが、思ったより遅いんで心配してたんだろうけどよ。
といっても、旦那が心配してたのは、もちろん総さんだけだ。
おれのことなんか、目にも入っちゃいねぇ。
いや、悪い遊びにおれが総さんを引きづり回してないかって、そういう意味はあるだろうがな。
「え? いや、ちょっと……」
誤魔化すわけじゃなかったが、総さんが言いよどんでると、
「どうした? それ?」
旦那が目敏く気付いたのは、総さんの着物だ。
旦那の見たことのないものを着てれば、そりゃすぐに分かるだろう。
総さんの着てるものは、たいてい旦那の見立てだからな。
いや、総さんの持ち物で、旦那の知らないものなんざ、一つもなかろうし。
旦那に総さんが、わけを話し出そうとすると、総さんの顔色が悪いのに、旦那はようやく気付いたみたいだ。
風呂に入ったって言っても、歯をがたがた言わすほど、芯まで凍えてたんだし。
けっきょく、それで長風呂になったんだが、逆上せるほどに入っても、まだ寒い。
総さんをぐいっと引き寄せ、子供の熱を測るように、旦那はおでことおでこをくっつけやがった。
思わず、ぎょっとしちまったぜ。
いや、慣れた光景ではあるんだけどよ。
というか、慣れなきゃやってられないと言うか。
それでも唐突にやられると、心臓に悪いよな。
「馬鹿っ。熱があるじゃないかっ。さっさと来い」
旦那は慌てて、総さんを引っ張って行った。
おいおい、旦那。おれはほうりぱっなしかよ。

呆気に取られておれは二人を見送った後、足取りも重くみんなの声がする溜まり場へと行った。
「おう、左之。遅かったな」
「土方さんが、おかんむりだったでしょ?」
入って行った途端、様々な声が掛かった。
「まぁな」
う〜〜ん、おれって人気者!
でも、皆もよく土方さんの気性を知ってるよな。
「そりゃ、ついさっきまでの土方さんを見てりゃあなぁ」
「ほんとほんと」
皆が口々に言う中、いつもなら出るはずの軽口も出ずに、おれが曖昧に頷くと、源さんがおれの顔色に気付いたらしい。
「どうしたんです? えらく顔色悪いですよ?」
「いや、ちょっと寒気がして……」
「寒気?」
実は、かくかくしかじかと、おれと総さんの武勇伝(?)を話して聞かせてやった。
もっとも、源さんは途中――と言っても、最初の川に飛び込んだ話のあたり――で、慌てて出て行ったが。
そんで、おれが話し終わる頃、戻ってきて、
「総司も、風邪をひいたみたいです」
と近藤さんに言いつつ、おれの額に手を当てた。
「原田さんも、熱がありますよ」
そういや、さっきからぐらぐらするなぁ、って思ってたんだ。
で、言われた途端に、盛大なくしゃみが出ちまった。
「わっ、移すなよ!」
新八の野郎、そんなに大袈裟に避けなくてもいいじゃんかよ。
「早く寝た方がいいですよ。布団敷いてきますから」
源さんって、気が利く上に優しいよなぁ。
新八とは、大違いだ。
「ちょっと、待った」
そんなこと思ってたら、出て行こうとした源さんを新八が引き止めた。
「なんです?」
「沖田は、部屋で寝てるんだろ」
「ええ、寝てますよ。あっちは歳さんがついてるから、安心ですよ。私は今夜また皆さんと一緒させてください」
総さんの奴、結構風邪をひきやすくて、いつも土方の旦那が看病してる。
で、何故かそのたんびに、源さんは三人で使ってる内弟子の部屋を追い出されて、おれらの食客の部屋へと転がり込んでくる。
いつも不思議に思ってたが、なんでだろ?
「それだ」
新八が源さんを指差すと、
「? どれです?」
源さんはきょろきょろと辺りを見回してる。
「源さんが、こっちに来るのはいいけど、今日は斎藤もいるし、ちょっと狭いだろ」
「ええ、まぁそうですね」
食客部屋には、いつもおれと新八、山南さんと平助の四人。
それに対して総さんらの内弟子の部屋は、総さんと旦那と源さんの三人。
斎藤は、いつもはここにはいねぇ。
ときどきふらりとやって来て、泊まることはあってもだ。
そんな時は向こうが三人で部屋の大きさもほぼ同じだから、斎藤は人数的に向こうの部屋で寝むんだが。
けど、総さんが病気の時は、源さんが追い出されてきちまうぐらいだ。
今日は斎藤もこっちに転がり込む破目になるはずだ。
だが、それじゃあ新八の言うとおり、確かに狭いことこの上ないよな。
「だから、どうせ左之は風邪っぴきだし、あっちの部屋で寝るってのはどうだ?」
「ああ、それはいいかも! それなら、おれたちにも風邪が移んないし」
新八の意見に賛同したのは、平助の奴だ。
あいつは、おれの心配より、風邪が移るかどうか心配なんだな。
直ったら苛めてやるぞ〜〜。
「えっ! いや、それは……」
ん? なんかえらく源さんの歯切れが悪いな?
「なぁ? 左之もいっぺん土方さんに面倒見てほしがってただろ? いい機会じゃないか?」
新八の奴、良く覚えていやがるなぁ。
確かに、前に旦那にそう言った覚えはあるけど。
「ああ、そうだな。その方が部屋も狭くならないし、風邪も移らんからいいんじゃないか」
源さんはしきりに止めたがってたけど、横合いから出た近藤さんの鶴の一声で、決まりだ。
でも、なんか源さんのあの表情に、引っ掛かりを覚えるけどなぁ。

とにかく、源さんに連れられて、総さんの部屋に行った。
おれらが入っていくと、旦那は怪訝そうな顔をしたが、源さんが事情を言うと苦虫を噛み潰したような表情で。
「ちっ。勝ちゃんが言うんなら仕方がねぇ」
「ああ、すまんね」
部屋ん中は、火鉢に火が熾っていて、すっげぇあったけぇ。極楽だ。
源さんは、自分の布団を敷いて、おれを寝かせてくれた。
おまけに額に、濡れた手拭まで。優しいなぁ。
「じゃあ、原田さん、さっさと寝るのが一番ですからね」
そう言って、源さんは出て行った。
おれはその時の源さんの言葉なんか、気に止めちゃいなかった。
けど、それをすぐに後悔する破目になった。
「う……、ん」
物音で眠りが妨げられたのか、総さんが声を出した。
それにしても、総さんにしちゃ珍しいよな。
気配にすごく敏感な奴なのに。
それだけ、しんどいという事だろうが。
「ん? どうした、総司」
総さんを覗き込んだ旦那の目は、えらく優しくて。
おれは思わずうろたえちまった。
なんというか、目のやり場に困るって、そんな風で。
「……み、……」
かすれた声だったが、総さんの言うことがわかったんだろう、旦那は水を口に含んで飲ませてやった。
おいおい、人の目の前でそんな飲ませ方するか?
おれはびっくり眼だ。
そりゃ、二人のことは知ってるけどよぉ。
しっかし、たんに水を飲ませてやってるのか、えらく口をあわせてる時間が長いんですけど? 旦那。
口が離れると、
「さむ、い……」
総さんがぽつりと呟いた。
「寒い?」
聞き返した旦那は、横に敷いてあった自分の布団まで掛けてやった。
ん? それを総さんに掛けてやったら、旦那はどうすんだ?
しかし、部屋は暖かいんだが、おれも確かに寒かった。
震えが止まんねえんだよ。
「旦那、おれも……」
そう言ったら、睨まれた。
そんな病人相手に睨まなくてもいいじゃんかよぉ。
それでも鬱陶しそうに、斎藤が使ってる余ってたのを、一枚掛けてはくれたが。
少しはましになったおれだったが、総さんはまだ寒そうに身を縮めてた。
「寒い……」
そしたら、何を考えたのか旦那が、
「総司、もうちょっとそっちに詰めろ」
って、声を掛けて。
おい、旦那。まさかそれって、なんか先の展開が見えるんですけど?
そんなことを思ってたら、やっぱりというか。
「俺が暖めてやる」
旦那は、総さんの寝てる布団に潜り込んだ。
おいおいおい、だよ。
「ほら、総司。もっとくっ付け」
布団に遮られて良く見えないが、どうやら総さんを抱きこんでいるみたいだ。
「ほら、もっとくっ付けって」
「ん……」
総さんの背中を撫でてやってるのが、布団の動きでなんとなく分かる。
一人身の前で、そんなにいちゃいちゃするなよ〜〜。
おれは見てらんなくて、くるりと体の向きを変えたが、なんか気になって眠れそうにないぞ。
下半身に熱が集中する気がするぞ。
ほんとに熱が出てそれで熱いのかなんだか、もうわかんなくなっちまった。






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