天と地と



目が覚めると、おれは一瞬何処にいるかわかんなかった。
天井の模様がいつもと、微妙に違っていてあれっ? と思ったんだが、ふと横を見て昨日のことを思い出した。
横では、二人分の膨らんだ布団の山が、こんもりとあったから。
昨日は結局、こいつらが気になってなかなか寝付けなかったんだが、その所為かそれとも熱の所為かずいぶん寝てたらしい。
外の陽射しは、ずいぶんと高くなってるようだ。
熱のだるさはましになってたが、どうにも喉が痛てぇ。ひりつく感じだ。
厠にでも行こうかとごそごそしてると、総さんも目を覚ましたようだ。
で、総さんが身じろげば、旦那も目が覚めるよな。くっ付いてるんだから。
「目が覚めたか、総司」
「う、ん」
「すこし熱は下がったな。けど、今日はまだ寝てろよ?」
どうやらまた、おでこで熱を測ってるらしい。
「うん」
「粥を作ってきてやるから、それまでもう少し寝ろ」
熱を逃がさぬように布団から滑り出た旦那は、布団を整えてやってた。
でも総さんは、
「厠へ行く」
と、起き上がろうとして、
「厠? ちょっと待て」
旦那はそれを押し留めて、押入れを漁りだした。
何してんだろ?
行李を開けてたみたいだが、そこから取り出したのは綿入だった。
それを甲斐甲斐しく着せてやって、肩を貸し手を取り腰を支えてやって、連れ立って出て行った。
ああ、厠先越されちまった。
おれも行きたいんだが。
あとで、おれも連れって貰おう。

総さんを連れて帰ってきた旦那に、おれも厠に行きたいって言えば、
「勝手に行け」
との返事で。
そりゃ、あんまりな態度の違いじゃないかと言えば、
「ば〜か。なんで俺がおめぇにそこまでしなくちゃなんねぇ。甘えるな」
と、ぴしゃりと。
「ちぇっ、いいよいいよ」
って拗ねて、総さんの綿入を拝借しようとしたら、
「それは、総司のだ。着んな」
と、またまた、ぴしゃりと言われた。
「寒いじゃねぇかよ」
文句を垂れたら、旦那は別の綿入を出してきた。
源さんのらしい。どう見ても旦那の趣味じゃねぇもんなぁ。
総さんのはダメで、源さんのならいいのかよ?
なんだか、なぁ。
まぁ、もうなんでもいいや、さっさと厠へ行っちまおう。

厠から戻ってきたら旦那はいなかった。総さんに聞けば、粥を作りに行ったらしい。
それで寝床に入ってうつらうつらしかけてたら、旦那は桶を片手に戻ってきた。
桶の中身は、湯らしい。
寝床からでも、湯気が立ってるのが見えるから。
手拭を二つ絞って一つはおれに、ぽおんっと放って寄越した。
「体、拭とけ」
って。
へいへい。
口は悪いけど、いいとこあるなぁ、と思ったら、大きな間違いだった。
「総司、飯が出来るまでに体拭いてやるから、起きれるか?」
そう声を掛けて、旦那は総さんを抱き起こして、着物を肌蹴て丁寧に体を拭いてやりだした。
うっわ〜〜、なんて言うか。そこまでするか?
なんだか、見てるこっちが恥ずかしいぞ。
総さんの奴も、当たり前のような顔で、されるがままだし。
あっ! まさか、もしかして源さんが、総さんが寝込むたびにおれらの部屋に転がり込むのは、これが原因か!
身奇麗に全身をそれこそ隈なく拭いてやって、新しい寝巻きに着替えさせて。
至れり尽くせりだよなぁ。
だって、体を拭いてるときも、手拭が冷めないように、何度も絞りなおしてやってたし。
おれには、一回こっきりだぜ。
おい、旦那。この待遇の差は一体なんだよ。
いや別に、旦那に体を拭いて欲しいって、訳じゃねえけどよぉ。
でも、この汗のかいた寝巻き。もう一度着るのか、おれ。
あっ! そういや、昨日の着物は? 古着屋で買った奴。
そう思いつつ頭を巡らせば、足元にあった。
ああ、これこれ。
汗かいた寝巻きを脱いで、そっちに袖を通す。
それで寝るにはちょっと難があるが、この際贅沢は言ってらんねぇぜ。
とても旦那は、替えを持ってきてくれそうにねぇしな。
そう思ってたら、
「左之、これ」
って、旦那が寄越したのは、昨日古着屋で買った総さんの着物。
なんで? と、旦那の顔を見れば、
「総司には似合わねぇ。おめぇが着ろ」
はぁ、さいですか。
なにしろ、一等安い奴を選んだからな。
どうやら、旦那のお眼鏡には適わなかったらしいな。
まぁ、普段総さんが着てるのは、こんな黒っぽいものじゃなくて、もっと爽やかな色目だけど。
いいか、一着ただで手に入れたと思ったら。
「おい、総司に金は渡せよ」
って、旦那〜〜。そりゃねぇよ。くれるんじゃねぇのかよ。
がっくり布団につっぷして見上げれば、ふんとそっぽを向いた旦那と、苦笑いを浮かべて済まなさそうにこっちを見てる総さんと。
ああ、ちくしょう、涙が出るぜ。

旦那の看病は、見てて本当に至れり尽くせりだ。
痒いところに手の届くような行き届きようで。
まめまめしく甲斐甲斐しい。
実は先達て総さんが寝込んだ時に、それを見た俺が、
「おれにも、してくれよ」
そう言ったら、
「馬鹿野郎。何で俺がおめぇにしなくちゃいけねぇんだよ」
って、怒鳴られちまった。
「第一おめぇは、粥なんかじゃ足りねぇだろうが」
と、続けて言われたのには、確かにその通りとおれも笑ったけどよぉ。
でも、本当にそうされるって、思わなかったもんなぁ。
総さんは粥で、おれはそのままの冷や飯。
そう、暖かくもない冷や飯なんだよ。
そりゃ、量だけはあるけど。
おれも熱出てるんだぜ?
そんなに食べれるかよ。
それに何より、喉が痛くて声も掠れてるってのに、飯が喉を通るもんか。
「旦那。おれにも粥をくれよ」
「馬鹿野郎、これは総司のんだ。おめぇにやれるか。それを持ってきてやっただけでも、有り難いと思え」
旦那は横目でおれを睨みながら、熱々の粥を匙で掬って、ふうふう冷ましてやってから、総さんに食べさせてやってる。
総さんも素直に口を開いて、食べさせて貰ってるし。
ああ、見てられねぇよ。
でも、言うことはちゃんと言っとかないと。
「けど、喉が痛くて、これじゃあ食えねぇよ」
「じゃあ、食うな」
そんなにべもないこと言わんでも……。
泣きそうな声のおれに、見るに見かねてか、総さんが口を挟んだ。
「歳さん、作ってあげてよ?」
総さんにそう言われりゃ、旦那も無碍にはできないらしく、舌打ちしつつも、
「わかった、夜は作ってやる。が、今はこれで食べとけ」
って、部屋を暖めるために置いた火鉢の上で、しゅんしゅん湯気のたってる土瓶から、湯を飯の上に掛けちまった。
へいへい、湯漬けで我慢いたしますよ〜〜。

旦那は飯を片付けると、今度は湯飲みを二つ持ってきた。
ぷ〜〜んと、そこから匂う香りは、煎じ薬だな。
熱冷ましだろうか。
「苦いから、嫌だ」
って、総さんは駄々捏ねてる。子供だよなぁ。
おれも苦いのは嫌だが、そうも言ってられねぇ、こうもしんどいのはごめんだ。
それになにより、この状況から早く逃れたかった。
旦那の総さんに対する甲斐甲斐しさに、すでに食傷気味で。
手渡されたのを素直に受け取り、一気に飲み干した。
こういうのは、ぐずぐず飲むと余計苦ぇんだよ。
だが、旦那も手馴れたもので、総さんを宥めすかして飲ませてる。
「ちゃんと、口直しもある。だから我慢して飲め」
「口直し?」
「ああ、もうじきしたら、来るだろ」
旦那がそんな意味不明なことを言ってると、新八がばたばたと足音も荒くやって来た。
「見舞いに来てやったぜ、左之っ」
つうか、おれを見舞いに来たって言うより、この部屋の様子を身に来たに違いねぇ。
なんたって、あの興味津々な顔!
「新八、五月蝿ぇぞ。静かにしろ」
新八の勢いに、旦那は冷たく小言を言って。
なまじっか整った顔立ちだから、そういう物言いをすると凄みが出るんだよな。
「わりぃな」
もっとも新八も慣れたもので、気にした風もなく頭を掻いてたが。
「新八」
旦那が差し出した手に、
「ああ、すまんすまん。ほれ」
新八は懐から出した袋を乗せた。
旦那が袋を開けて、中を総さんに見せてやったら、総さんは目を輝かせて。
「飴だ。お前が好きな『菊や』の……」
『菊や』の飴?
あそこはここから、けっこう遠いだろ?
それを、わざわざ新八に、買いに行かせたのか?
起きてから今までの時間なら、よっぽど急がないと間に合わねぇぞ。
そういや新八の額には、よく見りゃ汗が吹き出てる。
「ありがと」
にこにこと笑う総さんは、けど旦那の腕の中で支えられたままで。
総さんの興味も飴に移ったようだが、旦那は袋を横において、
「まだ少し残ってる。飴はこれを飲んでからだ」
そう言って、薬の入った湯呑みを総さんの口に押し付けた。
飴の誘惑に勝てないのか、素直に飲んだ総さんに、旦那は袋を開けて、
「どれだ?」
色とりどりの飴の中から、総さんが指差した奴を摘んで、口に入れてやった。
新八は目を丸くしつつ、その様と、おれの様子を交互に見遣って、にやにやしてやがる。
ったく、何にやついてるんだよっ!
上目遣いに睨んでやると、
「おお、左之も、喉が痛ぇんだって?」
思い出すように新八が言ったが、声を出すのも面倒で、おれは頷くだけにしといた。
「ほれ、左之にも飴」
新八が懐から出したのは、おなじく飴が入った袋で。
飴に罪はねぇ。おれはありがた〜く、頂くことにした。
まんまるい飴は、口に入れるとすぐに甘さが口に広がって、喉の痛みも薄れるようだぜ。
けど、それ以上に部屋の空気は甘ったるい。
新八のいやにや笑いは、ますます酷くなる一方だ。
それに気付いた旦那にじろりと睨まれて、新八はそうそうに退散して行っちまった。
ああ〜〜、新八ぃ〜〜〜〜。おれも連れっててくれ〜〜〜〜〜〜。

飯を食って薬飲んだら、なんだか眠くなってきたなぁ。効いてきたのかなぁ。
でも眠りは浅い。
うとうととするけど、すぐに目が覚める。
そのたんびに、横を見ると旦那がじっと座って総さんを見てる。
ときどきは、手拭を替えてやってたりして。
おれにはしてくんねぇけど。
冷たい手拭に目が覚めた総さんが、喉が痛いって言うと、旦那はわざわざ部屋を出てった。
あれ? と思ってると、湯飲みを一つ持って戻った。
「ほら、総司。これ飲め」
抱き起こして背中を支えてやって、旦那が総さんの手にそっと湯飲みを持たせてやる。
もちろん綿入を着せてやった上で、総さんが落とさないように、自分の手を添えて。
総さんがこくっと、一口飲むと、
「甘い」
甘い? 単なる水じゃないのか?
「ああ、砂糖水だからな」
砂糖水?! おい旦那! 砂糖なんて高いもん、使ったのかよ!
「喉にはいいらしいぞ」
優しいよなぁ。おれに対する仕打ちとはえらい違いだ。
おれだって、声が掠れるほどに、喉は痛てぇんだぜ。言わねぇだけで。
けど、おれには一切なし。
一応形ばかり置いてある枕もとの湯飲みを飲んでみたが、ほんっとうにただの水だし。
まぁ、なんかもう、言っても無駄! 見たいな感じで、言う気にもならねぇけどよ。
それでも、源さんでも来てくれれば、ちょっとはましかもしんねぇけど、そんな気配は毛頭ないし。
動くのも節々が痛くて、厠へ行くだけで往生するし、諦めるっきゃないのかねぇ。

夜は昼と違って、旦那は粥を持ってきてくれたけどさぁ。
なんか、ずいぶん湯気の出方が違うんだけどよぉ。
総さんのは、見るからに熱々で。
だけど、おれのはなんか湯気が少ない。
しかも、おれのには白粥で梅干がそのまま一個ころりんと入ってるだけだが、ちらりと見えた総さんのは玉子粥だ。
ふだん、そんなの食べねぇから、わざわざ買ってきたんだろうなぁ、旦那は。
つうことは、一緒に炊いた粥からおれの分をよけといて、総さんのだけわざわざ玉子粥にしてやって、その間待たされたおれのは冷めたって言う寸法かよ。
朝は朝で、総さんの粥はちゃんとほぐした梅干が入ってる梅粥になったし。
はぁぁ〜〜〜、やってらんねぇ。
し・か・も!
今朝と同じで、いちゃいちゃと食べさしてやってるし!
あれは、看病というより、いちゃついてるだけじゃねえか?
だからきっと、源さんも近付かないんだ。
二人っきりの世界みたいで、当てられるだけだから。


はぁぁ〜、あの二人、どうにかしてくれよ〜。
おれは金輪際! 絶対にっ!! 総さんと一緒に風邪なんかひくもんか〜〜!!!!!




なんかずいぶん長い話に待っちゃいました。
こんな予定ではなかったんですが。う〜〜ん?
まぁ、原田の独白で、コメディだと思って読んでくださいな。



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