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土砂降りの雨も、凶行が終わってみると、冴え冴えとした月が辺りを照らしていた。 その月明かりに隠れるように、顔を隠した男たちが八木家から一人二人と出て行き、前川邸へと吸い込まれるように消えていった。 今宵、島原の角屋での宴に参加している者たちには、妓が宛がわれていて、凶行に及んだ男たちのほかは誰もいない。 殿を務めるように出てきた歳三と総司は、そんな静まり返った屋敷に誰にも見咎められることなく戻って、井戸で手早く血を拭い部屋へと入っていった。 明かりを行灯にいれ仄明るくなった中、血糊の着いた着物を脱いで、無造作に古びた行李に突っ込んだ。 このために買い込んだ古着とはいえ、誰にも見咎められぬうちに、処分してしまわなければならぬ代物だった。 二人は、互いを見ることなく背を向けて、そそくさと寝巻きに着替えた。 人を斬り、躯が滾っているのが分かるから、だからこそ、互いの裸身から目を逸らしていた。 でなければ、その興奮のまま何をしでかすか、分からぬから。 しかし、高ぶった躯のままでは、とても眠れそうにはない。 このまま朝まで、まんじりと過ごしてしまいそうだ。 たぶん、先に戻った男たちも同様にして、眠れずにいることだろう。 そう、他の者が浮かれて戻ってくる朝方に、騒ぎが起きるまで。 血糊の着いたままでは、どんな名刀も錆び付いてしまう。 二人黙々と刀の手入れを施し終わって、歳三が灯りを消そうとして、ふと目に入った指先を見ると、紅く染まって見えた。 まるで爪紅のように。 しかし、よくよく目を凝らして見れば、それは血の色だった。 手は良く洗ったはずだが、爪の間に血が入って、こびり付いていたのだ。 明かりを消そうとしていた歳三が動きを止めたのに、総司が気付いて振り向くと、歳三は指に目を止めたままで。 布団に潜り込もうとしていた総司が、不審に思いその指先を見れば、灯りに透けて爪が染めたように紅く見えた。 その紅い爪に、爪を染め遊んだ頃を、総司は思い出した。 |
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