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歳三と出会った何度目かの夏。 歳三に会いに佐藤家に入り浸りの日々を過ごしていた宗次郎だったが、ある日両手に花を抱えてやってきた。 「おのぶさま、こんにちは」 「宗次郎ちゃん、いらっしゃい」 ちょうど玄関にいたおのぶは、にこやかに小さな賓客を出迎えた。 いつもは裏手から歳三の元へと直行するので、なかなか宗次郎とは顔をあわせる機会がないのだが、今日はどうしたことか表から入ってきた宗次郎だった。 「あら、可愛い花ね」 宗次郎が抱えていた花、それは紅い小振りの花をつけた花だった。 「うん、庭に咲いてたの。はい、これはおのぶさまに」 抱えていた花のうち、半分ほどを宗次郎はおのぶに差し出した。 「あら、私にくれるの?」 小さな手から差し出された花を受け取り、おのぶは嬉しそうに笑った。 「はいっ」 「うふふ。ありがとう宗次郎ちゃん。飾っておくわね。そっちは歳三に?」 おのぶに問われて、宗次郎はこっくりと大きく頷いた。 その様子に微笑ましさを感じながら、 「じゃあ、あとで花活けを持っていくわ」 と宗次郎を歳三の元へと急がせた。 あの気難しやの歳三が、いたくお気に召した宗次郎だ。 きっと来るのがいつもより遅いと、首を長くして待っているだろうから。 ぱたぱたと駆けて行く宗次郎の背を見送って、どんな花活けがこの花に似合うかと、おのぶは思案を始めた。 「歳さんっ」 息急くように、歳三の元へと駆け込んできた宗次郎を、持っていた花ごと抱きとめて、歳三は膝の上に乗せてやった。 歳三が花のことを、どうした? と聞く前に、宗次郎は歳三に差し出した。 「可愛いでしょう? 歳さんにあげる」 「俺にか?」 受け取りながらも、俺に花とは、と歳三は思う。 もっとも、どこかこそばゆく感じる感覚ではあったが。 「うん。庭に咲いてたの」 そう言って、先程おのぶにもあげたのだと、宗次郎は告げた。 「ねぇ、これの名前知ってる?」 「爪紅だろう?」 石田村の土方家にも、夏になると沢山の花が咲いたものだ。 「うん。なんで、そう言うかも、知ってる?」 ちょっと得意そうに目を輝かせて言う宗次郎に、目を細めながら歳三は答えてやった。 「ああ。この花を潰して、その汁をこうして爪につけると、爪が紅く染まるから、だろう」 宗次郎から渡された花の花弁を摘み取り、指で擦り合わせるように押し潰して、宗次郎の小さな爪に擦り付けてやった。 「ほら、染まった」 擦り付けた花弁を外すと、宗次郎の爪は綺麗な紅に染まっていた。 「なんで、知ってるの?」 宗次郎は首を傾げて、残念そうに聞いた。 姉に花の名前の由来を聞いて、宗次郎は歳三に教えてやろうと、花を抱えてやってきたのに、歳三が知っていて少しばかりがっかりした宗次郎だ。 「のぶ姉が、よくやってたからな」 両親を早くに亡くした歳三は、四つ上のおのぶの後にくっ付いて遊ぶ子供だった。 だから、夏になり爪紅が咲く頃になると、おのぶがよく爪を染めていたのを間近で見てきたのだった。 歳三はまた一つ花弁を摘み、宗次郎に染めてやった。 そうやって、宗次郎の両手の爪が綺麗に染まる頃、おのぶが花活けを持ってやってきた。 「あらあら、仲が良いこと」 二人の微笑ましくも睦まじい姿を見て、からかうようにおのぶは声を掛けた。 それに、拗ねたように歳三はそっぽを向いたが、おのぶにはてんで通じないようだ。 「ほら、お花を貸しなさい。活けてあげるから」 歳三が持っていた花を、宗次郎が中継をして手渡した。 花を受け取る時におのぶは、宗次郎の爪に目を留めた。 「あら? 可愛く染まってるわね」 宗次郎の紅く染まった爪先を見て、おのぶは笑みを浮かべた。 「はいっ」 元気良く宗次郎の返事が返ってきて、本当に微笑ましい。 ぶっきらぼうで何処か醒めたところのある歳三が、この幼い宗次郎にだけは優しく甘いのを、おのぶは本当に良い傾向だと思う。 「歳三が染めたの?」 「ああ……」 「へぇ、よく覚えていたわね」 まだ歳三が小さかった頃、おのぶが爪を染めていたのを、傍らで興味深そうに見ていた歳三を思い出した。 そして、爪を染めて遊んだ少女の頃を懐かしく思い出したおのぶは、思わず自分も染めてみようかしらと少女のようなことを思った。 「はい、今はここに置いておくけど、後で部屋の中に持って入ってね」 花を活けおわって、おのぶが言えば、 「ありがとう、おのぶさま」 歳三ではなく、宗次郎が嬉しそうに礼を述べた。 「いいえ、どういたしまして」 にっこりと微笑を残して、おのぶは二人のいる縁側を後にした。 活け終わった花の側には、活けきらなかった花が一房無造作に置かれてあって、それを目にした宗次郎の目が、悪戯げにきらりと光った。 宗次郎がそれに手を伸ばし、花弁を潰すのをどうするのかと、じっと見ていた歳三だったが、自分の手を掴んだときに、それはもしかしてと言う思いになった。 案の定、人差し指の爪に一心不乱な様で、宗次郎がそれを擦りつけるのを、やっぱりという心境で好きにさせてやった。 「おい、宗次」 ただ、宗次郎に掛ける声は心持ち低くなったが。 「なぁに? 歳さん」 低くなった歳三の声を分かりながらも頓着せず、無邪気な中にも悪戯っ子の表情が見え隠れする宗次郎に、可愛いと思いつつも歳三は内心溜息で。 「お揃いだよ? いいでしょ?」 そう言われてしまえば、宗次郎には何故か甘い歳三のこと、とても嫌とはいえなくて、あとは宗次郎にされるがまま。 全ての爪が宗次郎と揃いの紅に染まっていた。 |
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