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「爪紅みたいだね?」 総司がそう言えば歳三は、はっと目を瞠った。 その表情で、総司には歳三も同じ時間を思い出していたのだと知れた。 あの後、二人の爪の紅は数日落ちなくて、宗次郎はともかくいい年をした歳三は、手を隠して過ごす破目になってしまった。 「また、俺とお揃いだ」 にっこり笑った総司の指先を見れば、歳三と同じく紅く染まった爪が目に入った。 「ねぇ、歳さん。俺の爪も同じように染まってるでしょう? 子供の頃一緒に爪紅で染めたように」 あの時は気恥ずかしくとも光に包まれた光景だったが、今の自分たちはそれに似つかわしくない光の差さない血みどろの世界だ。 この様変わりは一体なんなのかと、歳三はぼんやりと思った。 これが、憧れていた武士になる、ということだろうか、と。 「これからも、歳さんだけでなく、俺も一緒に染まるから。だから、自分ひとりだと嘆かないで」 総司は歳三の白い手を取り、その指先を口に含んだ。 舌先で血を舐め取るように、指をしゃぶり清めていく。 しかし、総司が落とそうとしているのは血の色だけでなく、それに象徴される穢れだったかもしれない。 けれど今日が始まりであり、二人の爪はきっとこれから爪紅に染まって褪せることはない予感が、歳三にはする。 そして、総司の言った『一緒に染まる』と言うことが、歳三にとっての一番の悔恨だと、総司は気づきもしないだろう。 だがそれを悔いながらも、歳三には総司を手放すことなど出来はしない。 ならば、その全てを受け止めて、総司の言葉を甘受しようと、歳三は腹を括るしかない。 そんな歳三の想いを知らず、ゆっくりゆっくりと、総司は歳三の全ての指に舌を這わせていった。 そのどこか恭しささえ漂う総司の仕草に、歳三は魅入られたかの如く、身動ぎもままならなかった。 「そう、じ……」 どこか甘い掠れた声に、総司が上目遣いに歳三を見上げれば、爪だけでなく、全身を仄かに紅く染め上げていて。 いや、爪紅が落ちるにしたがって、逆に全身が染まっていくようで。 「感じる、の?」 「っ、……」 言い当てられた羞恥にか、睫を震わせた歳三は、手折られるのを待つ花の風情で。 「うん。でも、俺も感じる」 くすっと笑みを零しながら、舐めている総司も感じるのだと、言った。 「ねぇ? 歳さんも舐めて?」 既に綺麗になった歳三の指を尚もしゃぶりながら、総司は自分の指を歳三の口元に差し出す。 歳三は言われるがままに唇を開き、望みどおり総司の指を銜えて、ちろちろと舌先で転がすようにしゃぶってやる。 固まっていた血が唾液に溶け、錆びた鉄の味が広がるが、それも総司の指に付いたものであれば、やがて甘く変化してくる。 その不可解さに差し込まれてくる指を、歳三は次々に丹念に舐めた。 あの戻ってきた時に抱き合っていたら、きっと傷つけあっていた。 それほどあの男の堕とした影は巨大だった。 そして元に戻らぬ傷跡を抱えて、過ごすことになっただろう。 だが、今は違う。 あの懐かしい頃を思い出した今は、傷つけあうことはないだろう。 やがて覆い被さってきた総司を、歳三は元通りの白さを取り戻した手で、穏やかに抱き締め返した。 |
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芹沢暗殺の夜です。 書いてみたかった話ではあり、そのうち書く予定ではいましたが、こういう話になるとは自分でも意外でした。 が、結構満足かもしれません。 |
爪紅(2)<< | |
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