餞



(一)

斎藤が歳三への巡察や伊東に関する報告を終え、自室に戻ろうと廊下を歩いていると、その途中にある総司の部屋に人の気配があった。
半刻前に通った時には誰もいなかった部屋だが、斎藤がちらりと覗き込めば部屋の主、総司が寝転がっていた。
いつのまに帰ってきていたのか。
斎藤が屯所に戻ってくる時には、河原で子供らと遊ぶ姿を見かけたのだが。
澄み切り晴れ渡った空に清々しさを感じる時期で、小春日和な暖かな日差しが部屋の奥まで差し込む中、どうやら転寝をしているようだった。
副長室でなら、よくお目にかかれる光景だが、総司が自室で寝ている姿など、夜でもなければ珍しい。
人の気配に聡く敏感だから、人の気配ですぐに目が覚めてしまうと言っていたのに。
疲れてでもいるのだろうか、日差しを避けた顔は陰になっていて、そういった目で見ると顔色がどこか青白く見える。
それに今は昼寝にはもってこいだとは思うが、このまま寝入っていれば秋のつるべ落としで、すぐに日差しが傾き寒くなってしまいそうだ。
単の着物一枚では、下手をすると風邪を引き込んでしまうだろう。
心配になって部屋へと足を踏み入れた斎藤だったが、それでも総司は目覚めない。
けれど、規則正しい総司の寝息が聞こえてきていて、斎藤を安心させた。
近頃はしんどそうに咳き込む姿を、時々見かけることがあるからだ。
それにしても、俺の気配だから目覚めないというのなら嬉しいのだが、と斎藤は自分に都合よく思いながら、無造作に置いてある羽織を手に取り、それを総司に掛けるべく、そっと斎藤は傍らに屈みこんだ。
しかし、掛けようとした斎藤の手は途中で止まり、総司の寝顔に見入ってしまった。
目を瞑ったその顔はいつもの印象と違い、大人びて見えて斎藤を戸惑わせる。
まるで別人のように見えた。
総司と出会った当初より、斎藤は総司に惹かれていた。
それが惚れているのだと自覚したのは、総司と歳三の仲を知ったときだ。
何故知ったのか、はっきりとは覚えていない。
原田に聞いたのか、直接目にしたのか、そのどちらかだと思う。
そういうことに疎い自分が気付くならば、その辺りが正解だと思うのだが、よほど思い出したくないのか、どうしても思い出せないのだ。
だが、総司は歳三のもので、入り込む隙など全くなかった。
それだけは理解できていた。
つまり恋を自覚した途端、実らないことを悟ったわけである。
そして代わりに、斎藤は総司の友垣という位置を手に入れた。
剣の腕が総司と張り合うほどに卓越して優れていたから、その位置を手に入れることが出来た。
不謹慎だと思うが、この時ほど剣を学んできてよかった、と思ったことはない。
今でも二人の間に入り込めないのはよくよく承知していて、自分の位置にも満足している斎藤だったが、こうして身近に総司の無防備な姿を見せられると、我慢できなくなりそうだった。
いや、実際我慢など出来よう筈もなく、斎藤は吸い寄せられるように、僅かに開いた総司の口に唇を寄せた。
そっと軽く。
風が戯れるほどに軽く。
とうとう触れた総司の唇は、見かけよりよほど柔らかく、斎藤を夢心地にさせた。
しかし、夢は長くは続かない。
そして、夢だからこそ甘いのだ。
すいっと目の前を横切った蜻蛉に斎藤は我に返り、手にしていた羽織を、そっと起こさぬように総司に掛けて身を翻した。






>>餞-2
>>Menu >>小説 >>双つ月 >>餞-1