餞



(二)

「お前、気付いていただろう?」
歳三が言い出したのは、その日の夜だった。
夕餉もとっくに終え、皆が寝静まる頃になってである。
「何を?」
歳三の仕事が片付くのを、大人しく黄表紙を読みながら待っていた総司は、意味が掴めず聞き返した。
「斎藤が、お前の口に重ねたのを」
歳三は端的に言った。
公の副長室から私室である部屋を抜け、その隣の総司の部屋へ行こうとして、昼間に見た光景を。
総司が気付かぬわけはないのだ。
斎藤の行為にも、それを目撃した歳三にも。
だから、斎藤にそれを許した真意を歳三は問うたのだ。
何故、と。
「餞、かな。これから危地に赴く一さんへの……」
総司は歳三から目線を逸らすことなく見詰めて、答えを返した。
「――――」
歳三は黙った。
言うべき言葉がなかった所為もあるが。
「無事帰ってくるように、って」
続けられた総司の言葉に、なるほどとも思った。
確かに伊東と行動を共にすることになる斎藤には、これから危険が付き纏う。
斎藤が己の意思でなく、伊東に付いたと露見すれば、ただでは済むまい。
無事に帰ってこれる保証など何一つないのだ。
それを思えば、口吸いの一つぐらい、安いものかもしれない。
それで斎藤は任務を全うしてくれるだろう。
他の誰でもない総司のために。
だが、それでもなんとなく面白くない。
理性では納得できても、感情はそうはいかないようだ。
「知ってたのか?」
斎藤の沖田への想いを、と問えば。
「うん、まぁ……」
総司は肩を竦めて、言葉を濁して。
気づかなかったと言えば嘘になる。
斎藤の眼差しは静かだが、ある種の熱を持って総司を見詰めていたから。
友ならばそんな目では見ない。
けれど、歳三と言う伴侶とも言えるべき相手がいて、総司は斎藤の想いには応えられるはずもなく。
また、斎藤が眼差しを向けるだけで何の行動も起こさぬ以上、知らぬ振りをし続けるしかなかった。
これからも、それは変わりないだろう。
斎藤の想いの上に胡坐をかき、甘んじる結果となっていても致し方ない。
「二度目は、無しだぞ」
総司の態度に溜息をつきながら、歳三は釘を刺した。
「二度目は?」
書類を片付け近づいてきた歳三を、総司は見上げた。
「ああ。一度目だから許してやる。でも、次は無しだ」
斎藤の総司への想いは、当の斎藤より先に歳三は気づいていた。
総司が歳三を見詰めていたのと同じ熱っぽい目で、斎藤も総司を見ていたから。
もっとも、斎藤は全くの無自覚だったようだが。
そんな斎藤であれば、一度だけは許してやろうと思う。
そう、たった一度だけは。
「俺が嫉妬深いのは、知ってるだろう?」
斎藤のみならず斎藤が現れる前は、総司と仲のよかった原田にさえも、妬いた覚えのある歳三であった。
それで、ことごとく原田に嫌がらせをした記憶がある。
「うん」
総司にもそれが伝わったのか、笑いながら頷いた。
「口直しだ」
総司の顎に手を添え上に向かせて、歳三はその口を貪った。
「一さんは、舌なんか入れなかったよ?」
存分に絡み合った舌が離れると、総司はすかさず突っ込みを入れたが、
「馬鹿。あいつと一緒にするな」
歳三は意に介さず、もう一度深く口を吸って。
後はなし崩しに、倒れこむだけだった。




『双つ月』では斎藤をあんまり書いてこなかったんで、ちょっと唐突ではありますが斎→沖土が本来のベースです。
だからって斎藤が沖田に直接何かすることはありませんけど。
これからは、こういう雰囲気なのも、書くかもしれません。



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