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(弐) |
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芹沢が死んだ日の翌朝、その死を納得させられていた永倉は、長州人が殺したと触れ回る役をやる羽目になった。 嘘などつけぬ性質の自分の声に、白々しさを感じつつも、寝入っている筈の皆をそうやって起こして回ったのだが、沖田の姿が見えぬのに気付いた。 芹沢を死に追いやった人間の人選は知らずとも、沖田がその中に入っていない筈はなく、この場に居ないのは随分拙いことになるのではと、思って土方に耳打ちした。 が、聞いた土方は最初ぴくりと癇性な素振りを見せたが、永倉を一瞥すると、ふんと、鼻を鳴らした。 「総司なら、斎藤のとこだろう」 「斎藤?」 沖田が斎藤のところにいるのが解せなくて、永倉は聞き返した。 なぜなら、昨夜の夜更けまで斎藤と一緒にいたのは、他ならぬ永倉だったからだ。 永倉は芹沢と同流であったから、芹沢に肩入れするかもとの疑惑をもたれ、その牽制役を斎藤が仰せつかったという次第だった筈である。 その斎藤の元に、実行者である沖田がいると言われても、俄かに信じがたかった。 「不審に思うなら、自分の目で確かめればよかろう?」 土方は頗る機嫌の悪さを隠すどころか、吐き捨てるような物言いであった。 取り付く島もないというはこのことかと言うぐらいの、そっけなさだ。 不審に首を捻りつつも、当然幹部である斎藤にも知らせねばならぬことだし、沖田がいなくて元々と永倉は南部家の離れに行った。 いつものように庭から回って行くと、声を掛けるまでもなく障子が開いた。 「なんか、あったのか?」 白々しい斎藤の言葉に、同じく白々しく返さねばならぬ永倉だったが、 「沖田は、ここにいるか? 向こうにはいなかったんだが……」 と、その前に気になっていたことを先に聞いた。 「ああ、ここにいる」 斎藤は体を少しずらして、部屋の中を見せた。 中に見えたのは、確かに沖田だ。 だが、起き上がった沖田の物憂げな様子に、永倉がどこか違和感を覚えた。 「どうか、しました?」 永倉に問い掛ける沖田の声が、掠れている様に聞こえるのも気のせいだろうかと思いながら、 「ああ、大変だ。芹沢局長が殺された。下手人は長州人らしいぞ」 と、永倉はまるっきり棒読みの如き台詞を言った。 全く馬鹿馬鹿しい猿芝居だと思わぬわけがないが、どこに人の目や耳があるかも知れず、一度開いた幕は最後まで見せるしかないというものだった。 「ほぅ。それは、大変だな。すぐに支度をして行く」 驚いて見せようという表情すらなく言われた斎藤の言葉は、寒々しささえ漂うかのようだ。 「斎藤と一緒に行きますから、先に帰ってていいですよ」 と言った沖田の言葉だけが、温かく感じられた。 しかし永倉は、顔を洗うために庭に降りてきた斎藤と、いまだ布団に伏しているような沖田とを、その場に突っ立ちながら交互に眺めやった。 そして、最前沖田に感じた違和感の一つに、永倉は思い至った。 それは沖田の着ているものだった。 沖田が今身につけている着物は、黒一色の地味なものだったが、今まで沖田がそんな色を着ているのを見たことがない。 沖田はもっと明るめの紺色を好んで着ていた筈で、今の色は斎藤が好んで身につけている色だった。 それでも、ここは斎藤の部屋だし、何かの事情で沖田が斎藤の着物を着ていたとしても不思議はないと、思い込もうと永倉はしていたが、もう一つ感じた違和感の正体に気付いてしまった。 そう。それは部屋に一組の布団しか敷かれていないことだった。 いや、もう一組は先に片付けたのだと思おうとするのだが、どうしても今敷かれている布団の位置から判断して、そうは見えずにいることに永倉は戸惑いを感じた。 |
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