甘  露

−宗次郎編−





なんだか歳さん、近頃変。
じーーっと、見詰めてるかと思えば、不自然に目を逸らせたり。
今も急にもじもじし始めちゃって……。
こっちも落ち着かなくなっちゃう。
でも、そんな歳さんの仕草が、すっごく可愛く見えるのって、俺だけかなぁ。
うん。俺だけだといいなぁ。


お団子を食べて、そんなことをボーっと思っていたら、歳さんが俺の手を握ってきた。
ん? 歳さん、なんで手を握ってんの?
それに、なんか熱いよ。手が。
熱でもあるの?
あれ? こつん、っておでこをくっつけたら、歳さん真っ赤になっちゃった。
いつも熱を測るときは、こうしてくれるのに?


???
はてなをいっぱい頭に浮かべていたら、歳さんが甘えたような声で色々と囁くように言って、最後に、
「おれの望みを叶えてくれよ」
って。
それって、どういう意味? 聞き返したら、
歳さんは俺の顔を両手で挟んで、ちゅっと口付けてきた。


俺はびっくりするよりなにより、思わず辺りを見回しちゃった。
だって、ここは外だよ?
人がいないとは限んないのに……。
そんな俺の態度が、気に入んなかったのか、
「意味はわかったか!」
って、歳さんは偉そうに言う。
うん。わかったけど・・・。
「お前は、どうなんだ?」
どう、って……。


悩んでてても仕方がない。
ここまできたら応えなきゃ、男がすたるってもんでしょ。
意を決して、俺は聞いた。
俺の初恋の相手って、知ってる? って。
歳さんびっくりして、泣きそうな目をして首を振ったけど。
あのね、それは歳さんだよ。
って、耳元で囁いたら、その後真っ赤になった。
さっきよりも、もっと。
なんだか、こっちまで照れちゃう。


恋したときは気づいてなかったけど、最初に会ったときから俺は恋に落ちてたよ。
だけど、歳さんって、すっごくもてるじゃない?
女にも男にも。
女に好かれるのは、綺麗な顔だし、身奇麗だから。
それで男にも好かれるのは、外見よりもよっぽど男らしい気風のよさなんだろうな。
子供の頃は、そんな人気者の歳さんに焼餅を焼きまくった。
俺だって、大好きなのに、って。


でも、大きくなってくるにつれ、その大好きな意味合いが違うことに気づきだして。
だってさ。若先生や源さんに対する好きとは、違うから。
二人が他の人と話をしてたりしても、なんとも思わないけど、歳さんだったらすっごく嫌なんだ。
俺だけを見て! って思っちゃう。
だから、歳さんにいつでも纏わり付いてたんだよ。


いつだったか、こんな感情を持て余して、源さんに聞いたら、それが恋だって言われた。
おめぇがその相手に惚れてるから、嫌な気分になるんだって。
あっ、もちろん源さんは俺の感情の相手が、歳さんだって知らないよ。
だから、屈託なく応えてくれたんだと思うし。
その時はまだよく分かんなかったけど、それからちょっとだけ歳さんから距離を置いたんだ。
だって、そうじゃないと、もっともっとって思っちゃうんだもん。
でも、何を勘違いされたのか、お前もようやく兄貴離れかなんて、からかわれたりした。
そんなんじゃないのに、ね。


だって、歳さんが大好きで、独り占めしたくなっちゃうから。
くっついたり、甘えたりしてると、変な気になってきちゃうんだもの。
こう、むずむずするって言うの?
もっとくっつきたくなるし、抱きしめたくなったりするし。
原田さんに見せられた春画みたいなこともしたくなっちゃう。


でもね。
子供頃からの習慣は変えらなかった。
こうやって、歳さんと二人で団子を食いに出る、っていうのはね。
これが俺の数少ない楽しみの一つだから。
そうして過ごすうちに、あんまり歳さんを意識しなくなってきたんだ。
高嶺の花だって諦めてもいたかな?
だって、九つも年下だし、子供の頃を知ってる相手なんて、相手にされないと思ってた。
だから、ことさら子供子供した態度を、とり続けてた。
弟としてでも、ずっと傍に居られたらいいな、って。


ううん。今でも好きだよ。ずっと変わらずに大好き。
だけど、それだけじゃないって気がついたから。
俺の歳さんを好きな気持ちには、変わりがないって思えたら、なんだか俺の悩みなんか些細な気がして。
たとえ歳さんはどうだろうと、そういう気持ちをずっと持ち続けられればいい、って思えるようになったわけ。
子供のときはお金もないから、歳さんに奢ってもらうばかりだったけど、今は奢ったり奢られたり。
それにここへ来るときは、二人っきり。
それが一番嬉しいかも、って。


それなのに、こうして歳さんに告白されるなんて、夢のよう。
なんだか、ふわふわと飛んでっちゃいそう。
ねぇ、ホントにホント?
いたたっ! 痛いよ、ほっぺを抓ったら。
でも、ホントみたいだね。
ふふふっ、嬉しいな。
うん、歳さん。俺も歳さんが大好きだよ。
誰よりも一番。
誰にも替えがたく。
そんな諸々の想いを込めて、そっと歳さんに触れた。
そして、歳さんを促した。
ねぇ、向こうに行こう? って。






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