雪の朝
 ―ゆき の あした―



ぬくぬくとした温もりの中で、土方は目覚めた。
それもその筈、土方は沖田に背から抱きこまれ、その腕の中にいたのだから。
二人睦みあった朝は、いつもこんな風だ。
沖田に後ろから抱きかかえられ、隙間なく密着しあった躯が、体温を一つにして心地よい。
向かい合って抱き合うのも好きだが、後ろから抱かれていると、甘やかされているようで、どこか甘酸っぱい感情が沸き起こる。
土方の胸の前に回された沖田の腕を頼もしく思いながら、こうやって微睡むひと時が土方は大好きだった。
己が下に敷いている沖田の左腕の感触も好きだった。
沖田の右腕は利き腕で剣士として大事だから、腕枕にしたことはないが、左腕はいつも土方の頭を支え、心地よい眠りに誘ってくれるから。
沖田の息遣いから、まだ目覚めていないと土方は踏んで、己を閉じ込めている沖田の腕を愛しげに撫でた。

すると、土方を拘束していた腕が、さらに強く土方を縛めて、土方に沖田が起きていたことを知らしめた。
「お、起きてたのかよっ?」
慌てた土方が言葉も荒く沖田を詰るが、沖田は何処吹く風だ。
「うん。歳さんが目覚めれば、起きちゃうよ」
くすっと、笑いながら耳元で囁かれれば、それは睦言と同じで。
土方の耳を紅く染め上げる役目を果たした。
ただ沖田が目覚めていると知れば、天邪鬼な土方のこと、素直に沖田の腕の中に納まっている筈もなく。
身じろぎして逃げ出そうとしたが、沖田がそんなに簡単に土方を離すはずもない。
「だ〜〜め。離さないよ。まだ朝も早いでしょ? ゆっくりと、こうしていようよ?」
沖田の言うとおり、まだ朝も早い刻限のようだ。
物音一つしない森閑とした空気が流れている。
その中で、沖田の腕の中は、ぬくぬくと温かい。
ねぇ、と強請るように、沖田に耳を甘噛みされれば、土方には逆らう術もなく、なし崩しに頷くしかなかった。

互いの体温を楽しむように、体を寄せ合っていた二人だったが、沖田はふと思い出したように呟いた。
「雪、まだ降ってるね」
「雪?」
条件反射のように聞き返したが、土方には雪が降っているかどうかなど、全くわからない。
座敷の中は暗く、外の様子など何も見えないのだから、それが当たり前なのだ。
「降ってるって、何で判る?」
だから、いぶかしんで土方が聞けば、
「だって、雪の音がするよ?」
沖田は何気なく答えた。
しかし雪の降る音など、土方には当然ながら聞こえはしない。
雨ではない雪の降る音など、聞こえるわけがない。
聞こえるのは、四十雀が鳴く微かな声だけが、聞こえるだけだ。
しかし剣を極めた者には、他者には聞こえぬそれも聞こえるのかと、土方はその沖田の才に空恐ろしくなった。
しかし、続いて言った沖田の台詞に、土方の顔が自然と綻んだ。
「積もってるかな?」
雪遊びが好きだった子供の頃と変わっていないような、楽しそうな沖田の声音は土方をとても安心させた。

ぬくぬくとした褥の中で、沖田に抱かれたまま、
「そうじ……」
土方が鼻に掛かった甘えた声で名を呼べば、
「ん? なに?」
沖田は聞き返しながら、土方の後れ毛に隠れたうなじに口を這わせた。
擽ったそうに土方は身を竦めて、
「雪、降ってるんだろ?」
沖田に確認するように聞いた。
それに沖田は、
「ええ、降ってますよ」
と断言して。
わが意を得たりと、土方は沖田を振り返った。
「見たい」
「見たい? 雪を?」
「ああ……」
きらきらと輝きを宿した目で、土方は沖田を見た。
雪が降ると、外に駆け出し雪遊びをするのは沖田だが、寒がりの土方は暖かい部屋の中から眺める雪が好きだった。
だから、今も沖田にそう強請った。
きっと沖田と一緒に、沖田の腕に包まれて見る雪は、とても美しかろうから。
沖田は恋人の小さな我侭に苦笑って、腕の中の愛しい存在を今一度強く抱き締めてから、一人褥の中から這い出した。

土方は一人残された褥の中から、板戸を開けに行く沖田の後姿を眺めていた。
すっきりとした背の高い姿。
無駄な肉がなく引き締まった体躯なのが、軽く羽織った単衣を通しても良くわかる。
昨夜もあの躯に抱かれ、包まれて眠ったのかと思うと、顔が熱く火照ってくる思いだ。
障子を開けて板張りの廊下へと出て、沖田は手馴れた様子で板戸を一枚外す。
からからと乾いた音を立てて開かれたその向こうは、沖田が言ったとおり雪が降っていて、沖田の言葉が正しいことを証明していた。
雪が降りつつも、白々と夜が明けていくその光が沖田を包み、土方の目に眩しく映った。

戻ってきた沖田は、再び当然のように土方を腕の中に閉じ込めようとした。
けれど、土方はくるりと向きを変え、向かい合わせになった。
ほんの少し外にいただけの沖田の体は冷たくて、板敷きの廊下を踏みしめていた足などは、土方の体を竦ませそうなほどだった。
「歳さん、雪見ないの?」
向かい合っては雪が見れないと、沖田は首を傾げたが、土方はその冷たい沖田の足を己で暖めようと、纏わりつかせようとした。
「冷たいよ?」
意図を察した沖田は足を引っ込めようとしたが、土方はそれを許さず足を絡めて、
「いいんだ。あっためてやる。だから、お前もあっためてくれ」
沖田の背中に手を回し抱き寄せて、顔を埋めて強請った。
もちろん、沖田に異存のあろう筈はなく、土方を抱き締める腕に力を込めた。

二人の温もりが一つに解け合った頃、安堵したように土方は沖田に背を預けた。
褥の中から二人抱き合ったまま、開け放たれた外を眺めやって。
静かに舞い落ちる雪を、こうして沖田と二人眺めやることが、土方には何よりの疲労の回復に繋がる。
しんしんと静けさと寒さが部屋を脅かすが、二人共にいればそれさえも至福の時で。
包み包まれていると、互いしか存在しないような錯覚に陥りそうだ。
このひと時が終われば、また喧騒の只中へと行かねばならぬ二人だったが、この一夜がしばしの充実を齎してくれることだろう。
やがて雪が止み、どこか遠くで鳴いていた四十雀が、二人の前に舞い降りて、その姿を楽しませてくれた。



こちらが、送りつけてしまったブツです。
まりり様のご承諾を頂いて、サイトオープン祝いにいただいた作品『雪の夜』の続きとして、「二人で迎えた朝」を私バージョンで書いてしまいました。
お祝い返しに、まりり様に捧げます<m(__)m>



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