永劫の刹那



総司を抱きこんで寝ていたはずが、翌朝目覚めると総司は歳三の腕の中から消えうせていた。
辺りを見回してみるが、気配は微塵もない。
気配に敏感な己が、総司がいなくなるのを気づかぬほど、眠りこけていたとは信じがたい。
とはいえ、日差しはすでに空高くにある。
それほど、充足感に我を無くしたのだろうか。
しかし、可笑しく思う間もなく、歳三もこの場から離れた。
今はまだ、月も隠れているが、もうじき昼の月が昇ってくるだろう。
そうすれば、歳三は人の姿でいられなくなる。
人外であるということを、まだ明かすには早すぎる。
なにより、知られたときの総司の反応が、怖かった。
ならば、総司に見られぬうちに姿を消すのが得策だろう。
昨夜水に濡らした着物も、一晩経ち乾いていて、歳三はそれを身に纏ってから、もう一度総司がいないか、名残惜しげに見渡して、やっぱりいないのを確かめると、諦めて立ち去った。
その歳三を、高い木の上から見下ろす目が一対あったことを気づかずに。


翌日の夜、歳三は再び総司の元を訪れた。
約束をする間もなく総司がいなくなっていたから、もしかしていないのではと思いながらも出向いたのだが、総司は同じ場所で歳三を待っていた。
あまつさえ歳三を見て、艶やかな笑みを惜しげもなく見せた。
それは歳三をほっとさせると同時に、大胆にさせた。
躊躇なく総司の傍らに座り、まず言葉をかけることも忘れ、歳三は唇を奪った。
「んっ……」
総司の鼻に抜けるような声も、興奮を助長する役目しか果たさない。
舌で歯列を割り、口腔に差し入れ、舌に絡め、きつく吸い上げる。
やがて、総司もそれに応えだした。
だが、慣れぬ総司には歳三の行為は目も眩むばかり。
その上、両手首を掴まれ、歳三の着物を握り締めるしかない。
たっぷりと堪能してから、ようやく歳三は満足して、それでも未練気に総司を離したときには、総司の息は荒くあがっていた。
胸元に抱き寄せれば、素直に身を任せてくる。
目元を赤く染め、恥らうような総司の初々しさは、歳三のなけなしの理性を喰いちぎりそうだったが、逆にその風情がその一歩を押しとどめてもいた。
額にかかる前髪を掻き分けて、そこへそっと唇を寄せる。
そのまま優しく、こめかみや頬へと移っていく。
総司はされるがまま、身を委ねているのだが、どこかうっとりとした風情である。
このまま、押し倒したい衝動に駆られるが、昨日はまさしく獣のごとく交わるだけであったから、今宵は少しばかりの自省をしていた。
どこまで、そのやせ我慢が通じるかは謎だったが。
そして、己の素性はまだ完全に明かせなくとも、総司と縁を切りたくない歳三は身元を明かしだした。
「俺はこの向こうの山に住んでいる」
星闇に溶け込んだ山の稜線を指し示すと、
「知ってます」
総司の明瞭な応えが返ってきた。
「知ってる?」
「ええ、時々見かけたことが……」
実際は時々ではなく、毎日毎日空の高みから見ているのだが、そんなことは言うわけにはいかぬ。
だから、つい小声になってしまい、恥らうような風情になった総司に、歳三は更なる愛しさがこみ上げてきた。
「そうか」
見られていたことを気付かぬことなど気配に聡い歳三には有り得なかった筈だが、歳三はそれに何故か気付けなかった。
「それよりも……」
「うん?」
小さく言いかける声に、歳三は先を促した。
「あの、名前を……」
総司の問いに、名も名乗らず聞かず、性急なまでに強引に事に及んだことを、ようやく歳三は思い至り自嘲気味に苦笑した。
よくこれで受け入れてくれたものだ。
総司の気性に感謝せねばなるまい。
そして、己も名を聞くことも忘れるほどに、総司を欲していたのだと改めて知れた。
「歳三だ。歳月の歳に、数字の三。それで、歳三。お前の名は?」
「総司です。総てを司る、と書いて総司」
「総司か。いい名だな」
総司には相応しい名だと、歳三は心底思った。
「これからも、会えるか?」
そして、一番大事なことを歳三は聞いた。
「ええ。あなたさえよければ……」
総司は俯きつつ応えたが、仄かに色づいた項が、歳三の目の毒だった。
「俺に異存はないさ」
異存のあるわけはない。
それどころか、総司の命果てるまで、諸共に居たいと願っていた。
「いつもここにいるのか?」
「はい。夜ならいつでもいます」
頭を歳三の肩に預けて、ぴったりと寄り添ったまま、総司は返事をするが、その返事はいささか歳三には不満だった。
「夜? 昼にはいないのか?」
「ええ、夜だけです」
確かに、昼間に総司の姿を見た記憶はない。
「昼には会えないのか?」
単純に昼にはどこかに出かけているのだろうと思っていたが、歳三と会うこともできぬほどのことなのだろうか。
「――。昼には、会えません」
総司の口調が今までになく固くなった。
それに気づきはしたが、歳三も問わずにはいられない。
「何故だ?」
だが、夜だけでなく、昼にも会える確約が欲しかった。
そうでなければ、総司に会う機会がぐんっと減ってしまう。
「――――」
頑として口を開こうとしない総司に、歳三は折れた。
「わかった。聞かぬとしよう」
しかし、昼に会えぬとなれば、総司に会う機会はひと月に数日間のみとなってしまう。
月が天空にあるときは、歳三は人の姿になれぬのだから。
それをなんと言って誤魔化そうかと、歳三は腕の中の暖かい存在を抱きしめながら思案を巡らした。





またまた、素敵な挿絵をいただきましたv
実写と見紛うばかりの鷹の質感が、なんとも言えず見事ですよね!
本当に華を添えていただいて、感謝にたえません。
ありがとうございますv



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