613様作■「もしもハルヒが○○の嫁だったら…」 // 馨


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 左手を引っ張られてバランスを崩したハルヒの右手を、誰かがとった。
 そのままふわっと回して立たせる。


 「あ、馨。ありがと」


 ラストダンスをアナウンスが告げ、春を思わせるダンスナンバーが流れる。


 「最後は、僕と踊ってくれない?」


 「いいけど…。いいのかな」


 ハルヒは周囲を気にしてキョロキョロする。


 「大丈夫」


 馨はハルヒの手を取って薄暗い庭に誘う。
 それから、まぶしそうに明るいホールを振り返った。


 「どうしたの?」


 ハルヒの声に振り向き、何故か伏し目がちになる。


 「うん、あのね。ハルヒ、パリに来ない?」


 「今から!?」


 緊張が解けたように苦笑いした。


 「じゃなくって…」




 【もしもハルヒが馨の嫁だったら…】


 昼間の喧騒が嘘のように、パリは闇に沈んでいる。
 名所という名所が一望できる高級ホテルの窓辺で
 ハルヒは一息入れに火照った頬を冷やしていた。


 「後悔、してるんじゃない?」


 声がして部屋の照明が落ちる。
 ハルヒが振り向くと、馨がいた。


 「後悔?どうして?」


 「せっかく司法試験に受かったのに、こんなところに連れてこられてさ」


 急な暗さに目が慣れなくて、馨の表情がわからない。
 でも、声が少し沈んでいるのはわかる。


 「別に。一度は留学してみたかったから。
  それに、こっちで勉強しておけばいずれ馨の役にも立てるし…
  なにより、学ぶことがたくさんあって毎日楽しいよ。
  新しい世界を見せてくれたこと…馨には感謝してる」


 「そうなんだ…
  良かった。ハルヒは心にもないことは言わないもんな」


 ホッとしたような声を出して馨が近づいて来た。
 分厚い絨毯はすっかり足音を吸収するから音もしない。


 ここは控え室。
 壁一枚隔てた隣では主役二人を欠いたパーティーが続いている。
 ワルツのリズムだけが、かすかに空気を震わせていた。


 「馨は心配し過ぎだよ」


 馨はこうやって、いつも先回りしては心配し、そして一喜一憂する。
 ナイーブな彼を自分のような鈍感娘が幸せにできるのか、
 結婚前にハルヒは真剣に悩んだことがあった。


 夜景に目を戻したハルヒを、馨は後ろから抱きすくめる。


 「そのドレス、似合ってるよ。今日も凄くきれいだった」


 ほほに軽く唇が触れる。


 「みんな見てたよ、ハルヒのこと…」


 うなじにきつくキスをしながら、胸元に触れた手に力を込めた。


 「あっ、やっ…、馨…」


 「いや?」


 「ちが…、えと、汗かいたから…」


 「なんだ、そんなこと…」


 馨は愛撫の手を休めない。


 「あっ…、んんっ…」


 「僕は、ちっともかまわないのに」


 ドレスにの上からギュッと握られた胸が、少し痛い。
 心も口も繊細なくせに、馨のこの力はなんだろうとハルヒは思う。
 窓ガラスに両手をついて耐えると、外気との温度差で指の周りが白く曇った。
 夜の窓に馨の顔が映り込む。その表情の切なさに、ハッとなる。


 「あ…ちょ、馨…人が…」


 スリットから侵入した右手が下着にかかった。
 慣れた手つきで片足から抜いてしまう。


 「んっ…か、馨、人が来たら…」


 馨の冷たい指が触れる。
 ぬるっとした感触に、自分が濡れていたことに気づいた。
 長くて細い指は、先ほどとはうってかわって優しく愛してくれる。


 「ぅあっ…、くっ…、んんっ…、ダメだよ…」


 その指はあっと言う間にハルヒを溢れさせ、太腿を濡らす。
 馨が指を二本に増やし、ハルヒは快感に唇を噛み締める。


 「ハルヒ…」


 馨が了解を求めるように声を上げ、裾をまくりあげた。
 ハルヒの細い腰を両手で押さえ、後ろに突き出させる。
 カチャカチャと、ベルトを外す金属音がした。


 「あ…、馨?」


 正気だろうか?ドアの向こうにはまだ人がたくさんいる。
 いつ誰が入ってくるかわからないのに?
 挿入の衝撃で窓ガラスに押し付けられ、ハルヒは慌てて指を噛んだ。




 「あっ、ああっ、馨!」
 「ハルヒっ…!」


 足をがくがくと震わせながらハルヒは絨毯の上に崩れた。
 窓ガラスは二人の熱気ですっかり白く曇っている。
 馨が腰を落とすと、二人分の体重を支えていた右手の跡が上から下にくっきりついた。


 「ハルヒ、もう…?」


 イッちゃったの?と顔を覗き込む。


 「ん、うん…」


 余韻が抜けないハルヒは仰向けに転がって喘いだ。
 肩がむき出しになり、裾は割れて白い脚がほとんど見えている。
 馨は上着を脱いですぐ脇のソファにかけた。
 それからネクタイを緩め、シャツのボタンを外す。


 「馨?」
 「ハルヒが先にイッちゃうのが悪いんだよ」


 正面から抱きしめられたと思ったら、ドレスが緩んだ。
 背中の留め具を外されたらしい。
 ハルヒは両腕を交差して体を隠すと、抗議の声を上げた。


 「馨、これ以上は…、ここではまずいよ!」
 「かまうもんか」


 僕は僕のたったひとつの世界を君のために捨てたのに
 いまここにいる君を抱くのに、一体何に遠慮することがあるだろう。


 「ハルヒは僕を愛してる?」
 「…うん、愛してる。けど…」
 「なら僕は誰にも遠慮しないよ」


 スラックスを脱ぎ捨てた馨が覆いかぶさってくる。
 サラサラした肌触りのシルクは、簡単に肌から滑り落ちてしまった。
 ハルヒは追いつめられ、そして、再び馨が侵入する。


 「ああっ、あっ、あっ、だ、めぇっ、人が来ちゃうっ」


 もしドアから覗く者がいたとしたら、すぐに状況を理解するだろう。
 長椅子の向こうに目を凝らせば、窓明かりに白い脚が照らされているのが見える。
 女性の泣くような声に、男性が女性の名を呼ぶ声がかぶさり、
 耳を凝らせば二人の粘膜がたてる音まで聞こえただろう。
 そんな光景がハルヒの混濁した頭に浮かんでは消える。


 しかし、馨の顔を見て、馨の声を聞き、馨に抱かれ、
 胎内に馨を抱きしめていると、頭の中は馨に占領されてしまう。


 馨の澄んだはしばみ色の瞳は、涙で濡れている。
 夫はこうして自分を抱くときだけ、理性の裂け目から感情をほとばしらせる。
 妻を強く抱きしめる瞬間、いつも涙が溢れ出すことを夫は知っているのだろうか。
 この優しい人が、抱えている苦しみを自分にも分けてくれる日は来るだろうか。


 「馨、愛してる…」


 頭に手を回してひきよせ、キスをする。
 せめて、自分の気持ちを馨に伝えよう。
 少しでもあなたの悲しみが薄まりますように。


 「んっ…」


 唇を離して馨は呻いた。ハルヒの奥に熱い精を放出する。
 その熱さを感じて、ハルヒは愛しさでいっぱいになる。
 脈打つ馨を絞り出すように、ハルヒの胎内もうごめき始める。


 ぐったりした馨を胸に抱いて微笑むハルヒの瞳にも、涙が光っていた。




 「でもさ、」
 「何?ハルヒ」


 汗で濡れた体になんとか衣服をつけて、二人は長椅子に休んでいた。


 「人が入ってこなくてほんと良かったよね」
 「は?何言ってんの?人なんて入ってくるわけないじゃん」


 「へ?」
 「僕が部屋に入る前に、ちゃんと警備を置いてるよ」


 「うっそ…」
 「それに、もう人もいないんじゃないかな?
  ボチボチ帰ってもらうように言っといたから」


 「で、でも、音楽が聞こえるよ」
 「もう無人だと思うよ。警備もホールの外だろうし」


 「…ねえ馨。なんでずーっとワルツがかかってんの?」
 「嘘だと思うなら見てみ?」


 ハルヒは胸にドレスをあてると、ドアに近寄ってそっと開けた。
 煌煌と光り輝くパーティー会場は見事に空っぽで、
 楽団の姿もないのに大音量の音楽だけが鳴り響いている。


 「ね、なんでパーティー終わったって言わなかったの、馨?」


 答えはわかってる。くっそー…


 「だーって、その方が面白いじゃん?ハルヒの反応が」


 馨は悪戯っ子のような顔をして、悪びれずに笑った。




ED


 「お父さんは認めません!」と騒ぐ殿と、後ろで眼鏡を光らせる母さん


 ブーケをキャッチするハニー先輩、をキャッチするモリ先輩


 全てを乗り越えた顔で微笑む、男前な光


ラストのカット
 教会の階段、ぐしっと涙をぬぐう光、
 「ヒカちゃん偉かったね」と頭をくしゃくしゃするハニー先輩、
 を持ち上げているモリ先輩、それを暖かく見守る二年生ズ、
 皆に別れを告げた直後、手をつないで前に一歩踏み出す馨とハルヒ。




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