227様作■「姫君の憂鬱と王様の杞憂」環ハル // 4
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翌日、環は珍しく学校を休んだ。
ホスト部の部員達は様子を見に行くかと盛り上がったが、
たいしたことはないから来なくて良いと伝言されていると鏡夜が言ったために、見舞いの話は流された。
結局その日の部活は休みということになり、またスーパーの特売日でもなかったので、
ハルヒはいつもより大分早く自分の家に着いた。
自分とほぼ入れ違いに仕事に出かけた父を見送り、英語の宿題に取りかかる。
それがあと少しで終わるかというとき、玄関のチャイムが鳴った。
用心のために小さな覗き穴から外を伺うと、狭い視界を埋め尽くすほどの薔薇の花。
「………?!」
何事かと思いドアを開けてみると、それは大きな薔薇の花束を抱えた環だった。
「た、環先輩!どうしたんですか?!学校を休んだのに、体の具合は平気なんですか?!」
突然の訪問にうろたえるハルヒに花束を渡すと、環は満面の笑みで言った。
「ハルヒ、結婚しよう!!」
「……あのー、これはいったいどういうことですか?いきなり結婚って……」
玄関先で話し合うわけにもいかないので、環を家の中に入れて居間に通すと、
ハルヒは単刀直入に訊ねた。
「うむ。実はあの後……」
そこで環は、昨日ハルヒと別れた後の鏡夜とのやりとりを話した。
「…それで、やっと自分がハルヒに恋心を抱いていると自覚したのだ」
「へー、そうですか。…って、ええぇっ!!?」
ハルヒの心臓の鼓動が、一気に激しさを増す。
今、たしか彼はハルヒに恋心を抱いていると言った。
聞き間違いでないと確かめるために、聞き返してみる。
「環先輩、今言ったこと本当ですか…?」
「勿論だ。昨日ハルヒに先に告白されてしまったが、俺もハルヒが好きだ。
…あ、娘としてではないぞ!女の子として、大好きだ!!」
「…あ……」
ハルヒの目に、じわりと涙が浮かんだ。それは直ぐに溢れ出し、頬を伝う。
嬉しくて涙がこぼれることがあるなんて、今まで思いもしなかった。
「ハ、ハルヒ?なな、何で泣いてるのかにゃ?」
「…だって、嬉しいんです。先輩は自分の事、
お父さんの立場でしか見てないのかなって、思っていたから……」
「お父さんはもうやめることにしたから、安心するがいい。ほら、これを使え」
「ありがとうございます…」
環が貸してくれたハンカチで涙を拭ったが、完全に泣き止むまでにはかなりの時間を要した。
落ち着いた後で庶民コーヒーを淹れながら、改めて環に訊ねる。
「そういえば、今日はどうしてお休みだっだんですか?」
「昨日、自覚してから家に帰った後で、ハルヒとの今までとこれからの事について
色々と考えているうちに熱が出てしまったので、一応大事をとって休んだのだが、
たいしたことはなかったし、居ても立っても居られなかったから、
こうして夕方になってからハルヒの家を訪ねたしだいなのだが」
それを聞いて、知恵熱出すなんて子供ですか…とうっかり言いそうになり、慌てて口を噤んだ。
「色々と、…って?」
そこで環は何故か赤面し、横を向いて話す。
「…あー、ハルヒに昨日言われたこととか……。
あと、俺が家族に拘っていたのは、何故かとか。と、とにかく色々だ!」
彼が家族に拘る理由は、是非とも知りたい事だ。
何も言わずに言葉を待っていると、彼はポツリポツリと話し始めた。
「もう誰かから聞いているかもしれないが、俺の両親は離れて暮らしている。
俺は14歳までフランスで母親と暮らしていて、その頃はたまにしか父親に会えなかった。
家を継ぐ為に日本に来てからは、母親が今どこにいるかも分からない」
そのあたりの事は、ハルヒも前に光達から聞いて知っている。
普段の様子からは分かりにくいが、こう見えても環が背負っているものは非常に重いのだ。
辛くないと言ったら嘘になるだろう。
だがそれを表に出さずに明るく努め、あまつさえ他人を思いやることの出来る彼の姿は、
正に尊敬に値すると思う。
そんな彼だからこそ、自分は惹かれたのかもしれない。
「…だから、仲睦まじい家族の姿に憧れるのだ。家族愛は、素晴らしいと思う。
そしてホスト部は、俺にとって第二の家族のようなものだから、
家族ごっこをすることで大事な仲間を離すまいとしていたのだと思う……」
「環先輩の気持ち、自分にも分かる気がします…」
家族の愛に飢えているのは、ハルヒも同じだ。
父は自分に余りある愛情を与えてくれているが、それでも幼い頃に亡くした母を思わずにはいられない。
環と自分は正反対の人間だと思っていたが、意外な共通点があったというわけだ。
「ひょっとして、さっき先輩がいきなり結婚しようと言ったのって、
家族が欲しかったからとかですか?」
「…そうかもしれない。俺が今までハルヒのお父さんであることに拘っていたのは、
本当の家族になりたかったからかも…。あ、でもそれ以上に好きだからというのもあるぞ!
やはり、好きな相手とは結婚して一緒に暮らすべきだと思っている!」
環がそう言うのには、恐らく両親のこともあるのだろうと思う。
でも、あえてそれは言わないことにしておいた。
「…そういうわけだから、ハルヒ!俺と結婚しよう!!
ハルヒなら家に来ても上手くやっていけるはずだ!お祖母さまは反対するかもしれないが、
時間がかかっても必ず認めてもらえるように努力する!
…あ、どうしてもダメなら、思い切って俺が藤岡環になるという手もあるぞ!!」
環は徐々にハイテンションになり、一人で勝手に盛り上がっている。
きっと彼の頭の中では今、自分との絵に描いたようなラブラブ新婚生活が繰り広げられているのだろう。
本当に、彼のこういうところには別の意味で感心する。
「あのー、盛り上がっているところすみませんが、環先輩も自分も、
まだ結婚できる年齢じゃないんですが。それに、いきなり結婚とか言われても困ります」
それを聞いた途端に、一気にテンションが下がったのか、環の表情に影が差す。
「…こ、困るって、ハルヒは俺と結婚したくないのか?!俺を好きだと言ったのは、
まさか嘘なのか?…仮にそうだったら、俺は…俺は……!!」
「いえ、先輩のことは好きだけど、結婚とかはずっと先で…
お互いもっと大人になってから考えてもいいじゃないですか。
…それより、今はもっと他に出来る事があるでしょう?」
そう、何しろやっとお互いの気持ちを伝え合ったばかりなのだ。
これから二人でしたい事が山ほどある。
普通にデートとか。一緒に勉強とか。新しい料理を覚えて、彼に披露するとかもいい。
結婚とかは、ちゃんとした大人になってお互いに夢を叶えてからでも遅くないはずだ。
「…ああ、そうだ!そういえば忘れるところだった!昨日ハルヒが、
俺がハルヒを好きだと気付いたらしてほしいと言っていたことについてだが、
ロワグランホテルに部屋を取ってあるから、今から行こうか」
「は?自分が言ったこと…ですか?」
突然よく分からないことを言われ、ハルヒは首を傾げた。
高級ホテルで一緒に食事がしたいとか宿泊してみたいとかは、一切言っていないし、考えてもいない。
たしか、好きになったら改めてキスしてほしいとは言ったと思うが、
それだけの為にそんな所に行かなくてもいいし、この話題を振ってから彼が妙にソワソワしているのも変だ。
「べつに、ホテルに行く必要なんてないと思うんですけど……」
そう答えると、環は激しく頭を振った。
「ダメだっ!初めてする時は、夜景の見えるホテルのスイートルームでと決めているんだ!
確かにここでも出来ないこともないが、俺にも夢があるんだよぉぉぉぅぅ!!」
「でも、環先輩とキスするの初めてじゃないですし…。
キスするだけなのに夜景の見えるホテルってのも、大げさすぎるかと……」
「…えっ?今更何を言うんだハルヒ、昨日確かに俺に…
だ、抱かれてもいいと言っていたではないかっ!!」
「ええっ?!そんなこと、言ってませんよ!!」
自分の恋を自覚した日、優しくしてくれるなら抱かれてもいいかなと思ったのは確かだ。
しかし、彼に言ってはいないはずである。
「で、でも、俺の全てを受け入れたいと言っていただろうっ!!」
「…それ、自分的には今度はキスされても拒まないという意味で言ったんですけど、
どうして先輩の解釈だと、そうなるんですか?」
やっと、訳が分かった。全ては環の勘違いだったのである。
…まあ、曖昧な言い方をしたハルヒにも少しは非はあるのだが……。
「……勘違いで舞い上がっていたなんて、俺は何てバカなんだ…。
だが、常識で考えてみたら無理もないかもしれん…、ハルヒと直ぐに結婚出来るわけでもないし…。
女の子がお肌を見せていいのは結婚する相手にだけだし、交際することになったからって、
俺がハルヒと結婚出来ると決まったわけではないんだ…、第一……」
余程ショックだったのか、環は部屋の隅で体育座りをして虚ろな目で呟き始めた。
見慣れた光景だったが、ハルヒの胸がチクリと痛む。
彼に抱かれてもいいかなとは思うが、それはずっと先でもいいと考えていた。
でも、勘違いではあったものの、環は自分とのこれからの事をそれこそ熱を出すほどに考えてくれて、
それを嬉しいと感じている自分がいる。
このまま彼の申し出を拒絶したままでいるのは簡単だが、そうしたら真面目な彼のことだ、
無理していつか本当にハルヒがプロポーズを受ける時まで、我慢するかもしれない。
流石にそれは居た堪れない気がする。
どうするのか、決心するチャンスは今だと思う。
…そして、少しの葛藤の後にハルヒは覚悟を決めた。
「…あのー、環先輩。やっぱり行きましょう、ロワグランに……!」
項垂れている環に近寄り声をかけると、彼は驚いて顔を上げた。
「…ダ、ダメだ!!お、女の子は自分を大切にしなさいっ!!」
「考えたんですが…。女の子は本当に好きな人になら、全てを任せたいと思うものですよ。
…自分は…環先輩にだったら、その…いいです……」
言いながらハルヒは、次第に顔が紅潮していくのを感じていた。
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