同じヒーローといっても、互いのプライベートを完全に把握しているわけではない。自らマスコミに情報を公開している場合は別として、大抵は年齢や住んでいる場所などは、互いに知らないことのほうが多かった。
虎徹自身、正確な年齢やプロフィールを知られているのは、ヒーローのうちでもアントニオくらいなものだろう。
仲間、といってもそんなものだ。そもそもヒーローというのは、あまり素性を明かさないものだ、と虎徹は昔から思っている。
だから虎徹も、キースについてそれほど多くを知っているわけではないのだった。
キースは、虎徹がかつて人気者ヒーローとして持て囃されていた頃に、新人ヒーローとして入ってきた。今よりも歳若く、どこか線の細さが残る青年だったことを虎徹はうっすらと記憶していた。それがいつのまにか頭角を現し、今ではキング・オブ・ヒーローと呼ばれるまでになった。
スカイハイのファンは、老若男女を問わないのだという。子どもや男のファンに偏り勝ちな虎徹とは大違いだ。誰もが憧れるヒーロー。それが今のキースである。
トレーニングルームで虎徹は、キースを見つけると寄って行った。彼とはトレーニングルーム以外では、事件現場くらいでしか会う機会がない。
「今日、夜はあいてるか?」
そう声をかけると、キースはタオルで汗をふきながら不思議そうにする。相変わらず真面目にトレーニングに励んでいるらしい。
「何かあるのかい?」
もっともな疑問に、虎徹は小さく頷く。
「飲みにでもいかねぇか、と思ってな。この前の礼だ、奢ってやるよ」
キースが微かに笑った。
「礼だなんて大袈裟だ」
「お前さんのマッサージのおかげで、楽になったからな。礼くらいさせろ」
あまりの気持ちよさに眠ってしまい、起きたときには寝違えた首はかなりマシになっていた。あのあとすぐに出動要請があったことを考えれば、マッサージしてもらってよかったのだ。
どうする、と問う。
「用があるなら、無理にとは言わないぞ」
キースにはキースのプライベートがある。他のヒーローたちの話でも、キースが誰かと飲みにいったという話は聞いたことがなかった。
もしかすると、ヒーロー仲間とはそこまで親しくしたくないタイプなのかもしれない。
だが、予想に反してキースは少し考えるようにしてから頷いた。
「じゃあ、ご馳走になろうかな。どこへ行けばいい?」
こうして、虎徹はキースと飲むことになったのだった。
虎徹のいきつけの店にキースを連れて行けば、彼は物珍しそうに店内を見回した。
よくある大衆居酒屋である。安くて、料理もそこそこ美味しくて、酒の種類が豊富というのが虎徹が選ぶ基準だ。
「こういうところは、初めてか?」
慣れない感じにそう問えば、キースは頷いて肯定する。
「あまり来たことがないな。ワイルド君は、よく来るのかい?」
「まあそうだな、週に一、二度は来る」
夕食を作りたくないときは、よく足を運ぶ場所だった。酒が飲めて、ご飯も食べられる。
予約していた名前を告げれば、個室風になった部屋へと案内された。
「生ビールでいいか」
頷くのを見て、生ビールを二つ注文する。
「何でも好きなの注文しろ」
メニューを開いてキースの前に置けば、キースは不思議そうな顔でそのメニューをじっと見た。
「どれかオススメはあるかい?」
「サーモンとか、出し巻きとかうまいな。焼き鳥もいい」
「じゃあそれを」
あとは適当に頼んで欲しいといわれたので、虎徹がいつも好んで食べるものをいくつか注文した。
すぐに冷えた生ビールが運ばれてくる。
軽く乾杯をしてから、虎徹はぐいっとジョッキをあおった。半分程度を一気に飲む。
喉を滑り落ちる炭酸が気持ち良い。
キースは二口ほど飲んでから、ジョッキを置いた。あまり酒は飲まないのかもしれない。
「ワイルド君は、酒が好きなのかい」
「あぁ、好きだな」
家中には酒の壜が散乱している。
「お前はあまり飲まないのか」
「飲まない。……美味しいと思えなくてね」
意外な告白に虎徹は驚き、それから勿体無いと言った。
「酒の味がわからないなんて、人生半分損してるぞ」
「そうかな?」
「飲めないより、飲めるほうがいいだろ。よしわかった、俺が今日はうまい酒を教えてやるよ」
虎徹がえらそうに言うと、キースは笑った。
「それは楽しみだな」
言葉の通り、最初のビールが終わった後は、虎徹がこれだと思う酒を選んで注文した。ワイン、カクテル、ビール、日本酒−−種類など気にせず注文していたせいで、あっという間に酔いが回る。
気づいたときには、かなり酔っ払っていた。
たいして同じ量だけ飲ませたはずのキースは、顔色ひとつ変えていない。
「お前……強いのな」
キースはきょとんとする。
「そうなのかな?」
だよ、と頷く。飲まない、は、飲めない、とは違うのだと今更気がついた。
「詐欺だろ……」
恨みがましく言うと、キースは困った顔をする。犬みたいな表情だ、と思った。
「酔ったことは、ほとんどないから、よくわからないんだ」
要するにザルかワクってことだな、と虎徹は断定して、手の中のグラスを軽く揺らす。
酔っ払った、と思っているが、かといって水を飲む気にもなれない。水を飲んだら負けだとさえ思っている虎徹である。
「その酒、うまいだろ」
今飲んでいるのは、いつもならば注文しない、少し高めの日本酒だ。水のようにするすると喉を落ちていく。
「美味しいね」
そうだろうそうだろうと、すっかり満足した気持ちで虎徹は頷き、頬杖をついた。
相変わらずキースは平然としていて、虎徹が注文した料理もちゃんと食べている。虎徹は自分の前にある皿を、キースのほうへとやった。
「俺のも食っていいぞ」
「ほとんど食べてないじゃないか」
「あんまり食べないんだ、酒飲んでるときは」
キースは心配そうに表情を曇らせる。
「それは、いいのかい?」
いいか悪いかでいくと、悪いだろう。だが食欲がなくなるのだから仕方ない。
虎徹は笑って、キースの言葉を受け流した。
「お前、変わらねぇな」
からかうように言う。
「どこでも、ちゃんと、ヒーローっぽい」
酒飲んでさえこれだ。いつ正しく、公正な男。誰もが思い描くヒーロー像に、恐らく最も近いだろう男。
他のヒーロー達は、どれも個性派揃いでアクが強い。
キースは意外なことを言われた、というような顔をした。
「それは、むしろワイルド君だろう?」
そうありたい、と昔は思っていた時期もあったなあと思う。けれど今ではよくわからない。そもそも虎徹のヒーロー像は、世間一般のそれとは少しずれているのかもしれなかった。
最近コンビを組んだルーキーからは、「古臭い」と言われたばかりだ。認めたくはないが、確かにその通りなのかもしれなかった。
……気弱になっているのは、アルコールがいい具合に頭を溶かしているからだろう。
いつもならば、こんなことを考えはしない。
キースはしばらくじっと虎徹を見つめた。
スカイブルーの目は、彼のヒーロー名を思い出させる。空を切り取ったような色だった。
キースは、そっと言った。
「私から見ると、君ほどちゃんとヒーローしてる人はいないよ」
ちゃんとヒーロー、というのはおもしろい表現だと思って、虎徹はそうかと喉の奥を鳴らすように笑った。
ヒーローでありたい、と思う。
ずっと、死ぬまで、正義の味方として生きていたい。
−−たとえそれが、幻想に過ぎないのだとしても。
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