ナミさん相談室(酒代が一気にパァだ。そんな彼女も素敵だ)の二日後。
晩飯の準備を手伝ってくれているあいつに、おれは言った。

「11時には明日の仕込が終わるから、キッチンに来い。」
「え」
「話したいことがあるんだ。」
「お、おう、わかった。」

そのあとの食事、あいつはちょっと言葉少な、だったかも知れない。
(でもゾロなんかよりよっぽどよくしゃべっていたが)


前向きに検討する、っていって待ってもらってた返事。
おれがウダウダ迷ってる、その間にあいつは胃薬飲んで凌いでいる。

・・・おれを信じてくれた男に、そんな思いを長引かせるのはごめんだと。
おれはようやく腹をくくって、夜更けのキッチンに呼び出したのだ。



とんとん、遠慮がちなノックのあと、不安に青ざめつつウソップはキッチンに入ってきた。
ぽんぽん、とおれはおれの隣を軽くたたき、座れと促す。
「ウソップ」
「はい」
「お前が本気だってわかったから、だから、どうしても話しておかなきゃならないことがある」

腹をくくった・・・南斗水鳥拳の話になんか逃げないように、と戒めた。

「昔男に話したら、同情買えてモテちまったこともあった。
そういうの嫌だったから、絶対誰にも言わないようにしてた。
でも、今日は全部話す。」
「・・・わかった。」


そしておれは、淡々と話し始めた。

簡単に「まぁいいぜ」なんて言えない理由について。




絶望的な空腹の日々のこと、おれを救ってくれた海賊のジジイのこと。
そいつがおれの父親代わりになったこと。
男に無理やりされそうになったときも、そいつはおれを助けてくれたこと。
いつの間にか、親父であるはずのその男に、おれは恋をしてしまったこと。
そしてそれから、時々果てのないどす黒い思いに苛まれていること。



"おれがあの時死んでいれば、ジジイは足を失わずに済んだんだ"

「けれどおれはやっぱり死ぬかも知れないことが恐くて恐くてたまんねェ。
そんなおれを、おれは時々、許せなくなる。」


そしてそこから逃れるために、性欲を言い訳にしておれはヤリまくった。
誰かに突っ込まれたら、そのときだけは何もかも忘れられたから。
けれどずっと、逃れられることもなく、やっぱり時々はこの感情につかまってしまう。

「そんな時に男がいたら、もう最悪でな。」

めんどくせぇってとっとと捨ててくヤツなんかざらだ。
そんなんでおれの気を引こうとしてるのか、って笑って聞いたどっかの将校もいた。
脅すつもりかと真顔で聞いてきた金持ちヤロウもいた。

おれがそいつに本気であればあるだけ、おれは引き裂かれた。
そしてその暗い気持ちを、ずっと密かに心を占め続けていたジジィにもぶつけちまった。

「"おれをガキだと思うな"っつって、ジジィの部屋に飛び込んで、しがみ付いた。」
「・・・そしたら?」
「そしたら・・・くるって背中向けてな、言ったんだ。
"そういう意味ならおれとテメェは何もねェ。おれが振り返ったら、お前はいねェ"」

今でも鮮やかに、あの背中を思い出せる。
嫌悪でも軽蔑でもない、ただ断固とした拒絶。


そう話しながら・・・気付けば頬がびしゃびしゃになっていた。

・・・なんだよ、泣いてんのかよ、おれ。

あの時も色んな男のそばでも、ずっとずっと我慢したってのに。
カッコワリィ。


「一番わかってくれる奴は、おれを受け入れられない。
それはおれが男だからかも知れねェし、自分がおれの親父みたいなもんだと思ってるからかも知れねェ。
理屈じゃなく、おれがダメなのかも知れねェ」

ウソップの拳に、きゅっと力がこめられたのが見えた。

「どう足掻いてもこいつは、おれを受け入れないんだって気付いたから、何とか代わりを探そうとしたんだ。
―で、さっき言ったみたいに、ヤっては時々ほんとに惚れそうになって、そこで暴走して逃げられて、の繰り返し。」


本当に寒いのは、心の底の底だった。
一番の理解者は、恋人としておれをあっためることを拒んだ。
恋をしても、本気になると誰もおれの暗い思いを受け止めきれず、結局心は寒いままだった。
だからおれは、手っ取り早くカラダを温めようとしたんだ。
そんな事実も、そんなので満たされるはずなんかねェことさえ、
ほんとはずっとずっと知ってたけど、止められなかったんだ。

声がふるえる。

「誰かを好きになって、でもまた放り出されるのが恐いんだ。」

この破壊的な感情を受け止められるかもしれない強い男を捜しては、破れてきた。
そのたびその感情は、威力を増しておれに突き刺さるのだ。


ごしごしと頬と目をこすり、深く溜息をついた。
沈黙。
ウソップがじっと何か、考えているのがわかる。

「でもな、サンジ」

初めて聞くような静かな声が、おれを見つめた。


「今おれが受け止めないと、誰がサンジを受け止めるんだよ。
誰がサンジを、サンジから、守るんだよ?」




―そう。
大変だったねとか、おれが忘れさせてやるとか。
そういいながら引っ付いてくる男は山ほどいた。
でも本当に欲しいのはそんな言葉じゃない。
ただおれごと、逃げないで受け止めて欲しかったんだ。それだけだったんだ。



茶沸かしてもいいか?とあいつが聞いたので、ゆるくうなずく。
葉っぱはウソップスペシャルブレンドとやらにするのに任せて、ポットを火にかける。

「あのさ、サンジ。」
呼びかけられて、ちょん、と再び腰を下ろした。
ウソップは言った。


「おれ、サンジのそういうところ、わかってたよ。これはウソじゃねぇぞ。」


シュッシュッ、ポットの鳴く音がよく響く。

「女の人に優しいのも、ぐれて見せるのも心底楽しんでるのがわかる。
けど、多分なんか、しんどいことあるんじゃねェのかなーって。で、できるなら・・・それ全部見て、受け止めたいって思ったんだ。」


呆然とウソップを見つめるおれに、とん、とマグが差し出された。


おれの話してもいいか?と、窺うような声がした。
雑味交じりのどこか甘い茶を一口飲んで、無言で促す。

幼い頃に海へ出た父親との別れ。
殆ど間もない、母親との永遠の別れ。
「可哀想って思われるのが嫌でさ。くだらない事言って怒られたりして紛らわせてたんだけど
でもほんとは寂しくてな、父ちゃんに会いたくてたまんなかった。
何で迎えに来てくれないんだろうって」

来る日も来る日も海を見て、時々寂しさに泣きながら、親父を待った。

「でも海を見ててな、あー父ちゃんはこのでっかい海に呼ばれちまったんだなって思ったら
ちょっとその気持ちがわかるようになって。嫌いになんかなれなかったよ。」

「・・・うん」

「寂しいから会いたいし、母ちゃんの言葉は伝えたい。でも来てくれない。
なら会いに行くしかない。じゃあ海賊になるしかない。
そう思ったら、夢と目標が見えた。」

目の前に広がる、でっかい海へ出たいってことと。
それと、誰に何を言われても、おれ自身に恥ずかしくないように生きる、って いう。


「必死だったんだな、お前も」

「うん、おれ必死だった、だからサンジが何か必死なのに気付いたら、他人事とは思えなくなった」


だからサンジのことが知りたくなって、いっしょに笑いあえるってわかった時、嬉しかったよ。
そう言って、ウソップはごくごくと茶を飲んだ。
隣で見たその横顔は、繊細で優しくて、でもこれまで出会った男達の誰よりも、強いと、おれは思った。


「なあ、サンジ。おれは逃げねェぞ」

丸い目がおれを見つめてくる。
殆ど軟禁状態であの夜、おれの情を呼び起こした目。

「おれは、大切にするよ。」
・・・はあ、そうかよ。
「でも、大切って、どうやったらいいんだろ?」
おれに聞くな。

首をかしげて考える姿に、やっと、おれの笑みがこぼれた。


そしたら、ウソップもつられてへへぇって笑った。
可愛くて、めちゃめちゃかっこいいと思った。

自分の中の汚いものやどろどろしたもの、全部きれいに流すみたいな笑顔だった。



「ウソップ」
「ん?」
「・・・ありがとう」
「へへ」
また笑うウソップを、ほやーんと見つめる。
ウソップもおれを見ていた。



「じゃ、おれ寝るな」
すっくと立ち上がったのは、ウソップ。

「あ?」
「お休み、サンジ」


ぱたん。







・・・・・えええええ??!!



お前、おれの、おれの答えは?
聞かなくていいのかよ?




大混乱の頭の中で、コーヒーを入れてみて気がついた。
・・・多分ウソップは、限界だったんだろう。
で、抑えられなくなったらおれに
「テメェもやっぱりヤリてぇだけじゃねェか!」
・・・って、思わせちまうと。思ったんだろうな。

バァカ、と笑った。
答えはもう出てるのに。



そしておれは、破れた初恋に手紙を書いたのだ。
"ツガイになれる男ができた。"
"おれはもう大丈夫だ。安心してくれ"と。





4.徒花6.