i;うまれる
秋の空はとても気まぐれでした。
びかびかとおそろしい稲妻が、ごうごうと荒れ狂うあらしがごみになったおもちゃたちにおそいかかります。
そんな中、ごみたちはくる日もくる日もじっとたたずんでいました。
トナカイもごみの山で、時々ころんと転がりながら、気まぐれな空を見つめつづけていました。わるい風がトナカイの角を半分くらいちぎってしまっても、トナカイはごみ捨て場の上に広がる空を見ているのでした。
ときどき訪れるお客さんといえば、トナカイのようなおもちゃをごみとして捨てに来る工場の人くらいでしたから、ごみ捨て場はいつもとても静かでした。
花々を見つめながら、ごみたちはひっそりと秋の中にたたずんでおりました。
ときどきトナカイのぬいぐるみがころんと転がるだけでした。
トナカイがころんと転がっても、花も空もごみたちも、何の返事もしません。
それでもトナカイは、時々ころんと転がってみるのでした。
お天気がかわったとき、彼岸花が咲いたとき、お客さんが来たときなんかに、ころんとやってみせました。
けれどもやっぱり何のこたえもありませんでした。
見事に紅く染まった桜が、すっかり冬に向かって衣装を脱いでしまったころ、ごみ捨て場に風変わりなお客さんがやってきました。
「おうおう、相変わらずここはおもちゃの墓場だな。
ここにいるやつらさえ手に入れられねえガキが、目と鼻の先にあふれてるってのに。」
お客さんのひとり、明るい声をした、黒い帽子のおじいさんがいいました。
「おいヤブ医者!ぼやぼやしてるんじゃないよ。
南は戦、北は粛清、東と西にゃあ浮浪児だ。世間から見渡されたガキなんざこの国には掃いて捨てるほどいるさ。
ちゃっちゃとそこのごみを見繕って、チビ共の家に行くよ!日が暮れちまう。」
もうひとりのお客さん、大きな鼻をしたおばあさんがいいました。
口の減らん奴め、とおじいさんはこぼしながら、ごみの山からひとつふたつ、おもちゃを選んではずだぶくろに入れていきます。
「見ろくれは、このブリキの車、とてもよくできてると思わねェか?」
「はいはい、いいからとっととしなよ。」
「おおっ、この人形はいい服着てるぜ!左右の目が違ったのがいけなかったか…」
「ヒルルク!」
「ヘェヘェ、おっかねえ魔女だよ、まったく…」
ひとつひとつのおもちゃを、おじいさんは大事にふくろの中に入れていきました。おばあさんは急かしながらも、じっとおじいさんと一緒におもちゃを見ています。
やいのやいのといいながらも、ふたりはとても楽しそうでした。そのとき、ふたりの足元にころころころんとやわらかい影が落っこちてきました。
「ん?」
おじいさんは大きな手で、落っこちてきた影を拾い上げました。
鼻の青い、トナカイのぬいぐるみでした。
「何だね、そいつは。」
「トナカイ…なんだろうな。」
ふたりはじいっとトナカイを見つめました。
トナカイもふたりを、穴があくほどに見つめていました。
そうやってしばらくにらめっこをしていると、不意にふたりが笑いました。
「こいつは…面白いね。」
おばあさんがひひひ、と笑いました。その顔といったらまるで、おもちゃ工場に置いてある魔女の見本のようでした。
「おい、ちびすけ、」
拾い上げたトナカイを両手で掲げて、おじいさんは楽しそうに笑いながらいいました。
「ちびすけ、ひょっとしてお前ェは、何だってできるのかも知れないぜ。」
そう呼びかけられたときでした。
とくん、と トナカイのどこかが音を立てました。
「聞こえてるようだね、チビトナカイ。」
おばあさんに呼びかけられ、トナカイは、どくんどくんと体が暖かくなってゆくのを感じました。
おじいさんは大きな手で、やさしくトナカイをなでました。
「りっぱな角におおきい目、きれいな鼻。こんなやつ、そうそういないぞ…
なあ、チョッパー。」
「チョッパーか…木でも切り倒そうってのかい?」
「それくらいできるとも!」
「ヒーッヒッヒッヒッヒ!面白いね。」
ふたりはひとしきり、大きな声で笑いました。
おもちゃ探しに戻ったおじいさんからトナカイを受け取ったおばあさんは、トナカイをなでながらつぶやきました。
「すっかり雨風にやられちまったね、チョッパー。こんなに汚れちまって。
今晩はうちでじっくり風呂に入れてやるよ。自慢の角も繕ってやらにゃあね。
安心しな、チョッパー。」
チョッパー。
確かにふたりは、トナカイのことをこう言いました。
チョッパー。
トナカイは繰り返し、そのことばを思いました。
チョッパー。
それが、1224個目のトナカイがもらった、たったひとつの名前でした。
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