ii;かんじる


孤児院には、大きな教会と、灰色にくすんだ生活棟と、小さなグラウンドがありました。
チョッパーを抱いたヒルルクは、赤い屋根の大きな教会の扉を開けました。


そこには、ぼろに身をまとったたくさんの子どもたちがいました。
教会の中を走り回る元気な子が数人と、じっとうずくまっている子がたくさんと、教会の床に寝そべっている子が同じくらいたくさんいました。
 走り回るこどもの目は、血走っていました。
うずくまるこどもの目は、大人のように深くよどんでいました。
寝転ぶこどもたちは、くたびれた土色の肌をしています。

 トナカイは、自分がはじめて出た世界のことを思い出していました。
美しい野の草木を眺めながら、雨にうたれる人形やロボットたちのことを思い出しました。ここにいるこどもたちは、生きてうごいているのに、なんだか彼らにそっくりのような気がしたのでした。
 走り回るこどもたちだけが声を上げ、その声は高い高い天井にこだましています。
それがいっそう、ぼんやりとしたこの教会のなかをさみしくしているのでした。


こどもたちの中を縫うようにして、奥からぶかぶかと葉巻をふかした大きな男の人がやってきました。

「ああ、Dr.ヒルルク。よく来た。」
「…相変わらず、減らねェもんだな。この掃き溜めのジャリ共は。」
「減るわけないだろう。増え続ける路上のチビどもの入所後見人を探すので手一杯で、とても里親探すどころじゃねェのさ。」
 そういって、ぶうう、と男の人は煙を吹きました。

「ハァ、第一線で戦ってた大佐殿がこの有様か。物好きだな。」
「物好きはお互い様だ、おもちゃ屋さんよ。」
 お互い肩をたたきながら、ヒルルクのおじいさんはけむりをはく男と話をしていました。

その間チョッパーは、いろんなところから聞こえる声に耳を傾けていました。
大きな声も小さな声も、少しずつ聞こえています。

 けれどチョッパーの耳に引っかかったのは、本当は聞こえないはずの、小さな声たちでした。


  『ぱぱ、あたし、かえりたい。』
その声をしたほうには、小さな女の子が座っている気配がしました。
  『さみしいよう、さみしいよう、お姉ちゃん。』
さっきの声のま近く、麻のブランケットの中から、別の声がしました。
  『来るな、来るな、おれに触るな!!』
ぴりぴりした声は、うずくまってステンドグラスを睨みつけている子でしょう。
  『とうちゃん、かあちゃん、むかえにきて。』
泣いたような声の主は、笑いながら走り回っているようでした。
  『だれか、たすけて』
か細く訴える声は、分厚いきれをかぶっている子。
すみで誰とも話さず、何も感じない顔をしていました。

 ぬいぐるみのトナカイが聞いた小さな声たちは、どれも苦しく、哀しいものでした。
ヒルルクとくれはが、こんなふうに話すのを聞いたことはありません。
 静かに、チョッパーは、ヒルルクとくれはが言っていた使命について考えました。
 そして、思いました。




   待ってて おれ すぐに言葉をあげるから
   ドクターたちにもらった やさしい 強いことば



教会の南側のステンドグラスから、柔らかい光がずいぶんと伸びています。
ぼんやりとした教会の中で、やけにやさしいその光は、チョッパーを少し明るい気持ちにさせました。



と、そのときです。

「おっさん!」

突然、ひときわ明るい声が、入口から聞こえてきました。

声の主は、麦わら帽子を首からぶら下げた、ぼさぼさ頭の男の子でした。








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