iii;であう
こどもたちにとって、長い長い夜がやってきました。
騒ぐこどもは、お昼間と同じようにごくごく一部です。
院のこどもは生活棟へもくもくと歩いてゆきました。
教会の中で寝そべっていた何人かはもそもそと起き上がり、出てゆきました。
それぞれの方法で生きてゆくためのお金を稼ぐため、夜の街へ出たのです。
入れ替わりに、昼間路上に出ていたこどもが、教会に寝床を求めてやってきました。
こどもたちはそうして、あまり話さず静かに、時には少しすすりながら眠りにつくのでした。ただ今夜は、少しばかり院内の雰囲気が違ったようです。
青鼻のトナカイを抱いて元気に走り回る、入ったばかりの少年のせいでした。
「こら、モンキー・D・ルフィ、部屋へ行かないか。」
「部屋はさっき見たからいいよ。おれ、今日はここで寝るんだ。」
「お前には、ちゃんとベッドがあるだろうが。」
「おう、でも今日はここがいいんだ。」
「あのなぁ…」
「だってここの方が広いんだもんよ!」
困ったように頭をかくけむりはきの男に、ルフィは一歩も譲りません。
「…勝手にしろ。」
やれやれと言った男に、ルフィはぱあっと顔を明るくしました。
「いいのか!」
「言っとくが今夜だけだぞ!ほんとはここは寝床じゃねえんだ。路上のチビに屋根を貸してるだけなんだからな。」
「わかった、ありがとう!ケムリン!」
「?!その呼び名はなんだ!」
そう言って、けむりはきの男は汚れたブランケットをルフィに差し出しました。
ルフィは受け取ると、正面の十字架のまん前、ステンドグラスの光がきれいに差し込んでいたあたりにころんと横になりました。
「風邪引いても知らねえからな。」
「おう、おやすみ、ケムリン。」
「だからやめろ、その呼び名…」
そうつぶやいて、けむりの男は寝そべる子供たちをうまくよけながら、教会を出てゆきました。ルフィはにこにこと笑っていました。
「明日から、きっとすげェ面白いことになるぞ。楽しみだな!」
そううれしそうに、月の光とチョッパーを見て言いました。
「おやすみ、チョッパー。」
『おやすみ、ルフィ。』
チョッパーがそう返事する前に、ルフィはもうくうくうと寝息を立てていました。ルフィの寝顔を見ながら、チョッパーは今日あったいろいろなことを思い浮かべます。
―ヒルルクが去った後、ルフィはチョッパーを抱いて孤児院中を走り回りました。
倉庫を見つけたときは掃除道具をすべてひっくり返し、職員さんの部屋にもぐりこんだときにはそこにあったおやつを全部平らげてしまいました。
「誰だぁ!!」
ルフィが何かを起こすたびに、職員さんたちは怒鳴り声を上げました。
午後はずっとそんな様子で、ずいぶん騒々しい一日でした。
けれどひととき、夕日の見えるころは、ルフィは走り回るのをやめ、静かにグラウンドの片隅に座り込みました。
「チョッパー。おれ、仲間を探しにここへ来たんだ。」
明るい、けれど幾分か落ち着いた声でルフィは話しました。
首からぶら下げた麦わら帽子を、そっと手に取ります。
「おれとおれの村を助けた人に、この帽子、仲間と返しに行くんだ。その人な、おれの村の変な病気、治してくれたんだ。
でもセイフが、その人はモグリで犯罪者だから捕まえるっていってたから、
その人、海に逃げたんだ。」そういってルフィは、まっすぐに太陽を見つめました。
『本当は、守りたかったんだけどな。おれが守られちまった。』
小さく聞こえる声に、チョッパーはぼんやりと別の世界を見ました。
泣き喚いて大きな男たちにとうせんぼする小さな男の子。
大男の一人が、ためらわずぱんと銃を撃ちました。
傷がひとつ、顔をかすりました。
その瞬間、男の子に黒いマントがひるがえり、無数の銃声が聞こえました。
赤い髪が見えました。
赤い髪の人は、腕からだらだらと血を流し、男の子をかばいながら、走ってゆきました。
夕日に照らされたルフィの顔は、はしゃぐ笑顔より幾分か大人びていました。くうくうとなるルフィの寝息を聞きながら、チョッパーはそんなことを思い出しました。
そしてやっぱりルフィと同じように、明日が楽しみだな、と思いました。
お日さまみたいなルフィと一緒に、昼間の小さな声の持ち主たちとおはなしして回ることがどれだけ楽しいか想像しながら、チョッパーも眠ることにしたのでした。
けれどチョッパーは、朝が来る前に一度、目を覚ましてしまいました。
横のルフィは同じブランケットにくるまってぐうぐうと眠っていましたが、ふと、ルフィと反対の自分の隣に気配を感じたからでした。
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