すると、またチョッパーの前に、ぐるりと新しい世界がやってきました。
そばにいたはずのルフィや髪の長い女の子は消えて、代わりに燃え盛る部屋にたたずむ赤い髪の女の子だけが見えました。
おかあさん!
泣きながら、その子は炎に叫んでいます。
「逃げるよ、ナミ!」
うしろから、細い腕が引っ張ります。
「生き残ってるのがばれたら、どんな目にあうか」
ああでもおねえちゃん おかあさんが おかあさんがもえてるよ
あたしたちをまもって おかあさんがもえてるよ
そう泣き暴れる女の子に、後ろの声がいいました。
「大丈夫、お母さんにはあたしがついてるから。ナミは行きな。」
女の子が息をのみました。
優しい声が続けます。
「大丈夫、あんたは小さくて頭もいいから、ここから逃げてもばれないよ。」
いや おねえちゃん いっしょにいたい いっしょに
後ろから、ひとりの女の子が炎の前にやってきました。
「生きろ、ナミ。」
そういって、女の子は細い腕で赤い髪の子を突き飛ばしました。
おかあさん おねえちゃん
叫ぶ声とともに、世界がゆっくりと落ちてゆきました。
―ゆっくりと、元の世界が返ってきます。
気づけばチョッパーは、赤い髪のナミに抱かれていました。
ナミは、さっきまでと同じように笑っています。
「路上って、何してるんだよ。」
「スリとか、サギとか。かわいいもんでしょ。」
「何で?」
「別に。」
ルフィの問いに、悪びれもせずナミは答えました。
チョッパーを抱く腕から、小さな声が聞こえてきます。
『お金いっぱい貯めて、みんなを東へ呼ぶの。
そして、いつか戦が終わったら、みんなで南にかえるの。
それまでは何とか さびしいけど』
心なしか、ナミの腕が強くチョッパーを抱きました。
ふうんとつぶやいたルフィに、ナミはいいました。
「ここには9時くらいに眠りに来るの。」
安全だし、人いっぱいいるし、ビビいるし。
「あたしここ好きよ。」
ナミは、どこかさみしそうにいいました。
「起きたらちゃんと人がいるの、ほっとするの。」
にこっとナミは、横の女の子とルフィに笑いかけました。
横にいた髪の長い子は、ほんのりと微笑み返します。
しししっと笑いながら、ルフィは髪の長い子に、ぬいぐるみを返しながらいいました。
「で、お前が、」
「ビビ。」
そうこたえたのはナミでした。
「そうかビビ。よろしくな。鳥も。」
「かるぅよ。」
そういうとビビは、カルーの羽をそっとチョッパーのほうに伸ばしました。
きゅっと、チョッパーの蹄にふれました。
今度は、ふわりとやわらかい光が別の景色を包んでやってきました。
大きな立派なお城、大きな玉座に座った王さまが、優しい顔で話しかけてきます。
何を話しているかは聞こえませんでしたけれど、きっととても暖かいことでしょう。
けれど王さまがこっちへ腕を伸ばしたとたん、光あふれる宮殿は真っ暗になりました。
真っ暗な中で、きゅうきゅうと何かにしめ付けられるような感じがしました。
くすんくすんと、後ろで誰かが泣いていました。
『かえりたいよう』
小さな小さな声でした。蹄が大きくゆらされる感覚に、チョッパーは別の景色から我に返りました。
目の前には、鳥のぬいぐるみの動かない瞳がありました。
「よろしくね、チョッパー。」
「おう、よろしくだ、鳥!」
「カルーだってば。」
チョッパーは動かない瞳でカルーを見つめました。
カルーは何にもいいません。けれど翼はとてもあたたかいのでした。
『かえりたいから さみしいけれど』
もう一度、ぬいぐるみは翼と蹄をあわせました。
『ここで生きる』
それぞれを腕に抱いた、小さな二人の声でした。
「よし、これで鳥もお前らもおれの仲間だ。」
ルフィの笑う声がしました。
「何よそれ。」
「何だよ、嬉しくないのかよ。」
「チョッパーはかわいいけど、別にあんたはどうでもいいもん。」
「ちがうぞお前、チョッパーの仲間なら、おれの仲間だ。」
「・・・わけわかんないやつ。」
ナミはあきれたようにいいましたが、ビビはうれしそうでした。
こうして、ルフィとチョッパーに、初めての仲間が出来たのでした。
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