12時の鐘が鳴りました。
お昼ごはんの時間です。
院の子供たちが次々と食堂へ向かう中、ナミだけは院の外へ向かってゆきます。
「行ってくるわ。」
「どこへ?」
尋ねるルフィに、ナミはにやりと笑って答えました。
「街よ。・・・仕事。」
路上で生きるナミの、お仕事の時間が来たのでした。
チョッパーを返してもらったルフィは、ご飯を少しだけ待って、ビビやカルーと一緒に、仲間のお出かけを見送ることにしました。
「なんか、恥ずかしいわね。」
そう言いながらも、ナミは笑っています。
門の手前まで来たときでした。
たたたたた。
ふと聞こえたかけよる足音に、3人の子供は目を向けました。
走っていたのは、長い鼻した、黒い縮れた髪の男の子でした。
「ウソップ!」
「げっ、ナミがいた!」
その姿を目に留めるや、男の子は走るコースをぎゅんと変えて、ナミたちを避けました。
そのまま門の外に飛び出してゆきます。
「あいつ誰だ?」
「ウソップっていう、ここの院の子よ。臆病で、いたずらで、とんでもないうそつきなの。」
ナミが、すっかり遠くなった背中をきっと睨みつけながら言いました。
ふうん、と返して、ルフィは尋ねました。
「お前、あいつ嫌いなのか?」
「嫌いよ、大っ嫌い。」
「へえ。」
呟きながら、ルフィも走り去る小さな背中をしばらく見ていました。
ルフィの腕の中のチョッパーも、同じように痩せた背中を見つめていました。
ナミは背中が向かった反対側のほうへ、歩き出しました。
いってらっしゃい、というと、振り向かぬまま軽く手を振り返してくれました。
カルーを抱いたビビと一緒に、ルフィとチョッパーの冒険は続いていました。
教会の十字架、その後ろにある古びた物置が、ナミとビビのお気に入りだってことも聞きました。
「ルフィさんは、どこが好き?」
「おれは、この場所で寝るのが好きだな。おれとチョッパーのトクトウ席だぞ。」
そういって、ステンドグラスの光がいつもよく入る場所を、教えたりもしました。
こおん こおん
6時の鐘。
夕ご飯の時間になってようやく、二人は走り回るのをやめたのでした。
教会から出ると、真っ赤な夕焼けがよく見えました。
大きな門をくぐり、ぽつぽつと孤児院に入ってくる子どもたちの影も長くながく伸びています。
戻ってきたのは、昼間に稼いでくる路上の子どもがたくさんと、外に出て冒険をしてくる院の子どもが何人かです。
くたびれた顔した路上の子どもは、そのままルフィたちと入れ違いに教会へ。
息せき切らせて帰ってきた院の子供は、食堂のある生活棟へ向かいました。
「行こうぜ、ビビ。」
「うん!」
二人がともだちを抱いて、足を向けたとき。
飛び込む声がありました。
「おら、早く帰れよお前んちへ。」
何人かの、大きな身体の子どもにそう追い立てられる影が、ひとつありました。
ルフィは、そのままちらり、その子を見遣ります。
「あ」
とぼとぼとこちらへ歩いてくる小さな影。
確かお昼間、ルフィたちの前に現れた男の子です。
ウソップと、呼ばれていた子でした。
[二度とカヤちゃん家に来るなよな!]
放たれた言葉に少し、足を止めて、その子は生活棟へ駈けてゆきました。
その後姿を、てててとビビは追いかけてゆきました。
大きなからだの子どもたちの、笑う声がします。
「こんなとこにいる奴が、生意気なんだよ。」
ぎくり。
ビビの後を追おうとしたルフィの足が、止まりました。
チョッパーを抱くルフィの腕が、固まりました。
その腕は、ひく、ひくと震えています。
チョッパーのからだに、ぐつぐつと熱い気持ちが流れ込んできました。
ゆっくり、ルフィは振り返ります。
けれどもルフィよりも先に、相手は声を上げました。
「いってぇ!」
振り返った先には、蹴り上げた脚を地に下ろす、青ざめた肌の痩せた姿がありました。
「クソうるせぇんだよ、疎開のブタ共が。」
くすんだ髪から青い目が片方だけちらり、のぞきました。
「・・・んだよ、親ナシのくせに、生意気だぞ!」
その言葉が終わらないうちに、その子は空に浮いていました。
「―もっぺん、言ってみろよ。」
一人、また一人、飛び上がっては突っ伏してゆきます。
院の大きな門の手前、大きな子どもたちはそうしてみんな突っ伏してしまいました。
そんな彼らを置いて、青い目の子はぽつぽつと院の門をくぐります。
「待てよ!」
悔しそうに叫ぶ大きな子どもたちに、上体だけ男の子は軽く向けました。
「お前らだって、そうじゃねェのか?」
「何だと?」
「金だけもらって、親どもから厄介払いされてここに来たんだろ?」
おれたちとの違いなんて、金があるかないか、それだけじゃないか。
びり、と
チョッパーのからだに痛みが走りました。
その、ぴりぴりと張り詰めた声。
チョッパーが、聞いた声でした。
言い放った強い言葉に、大柄な子どもたちはくるりと背を向けました。
大きな背中はぶるりと揺れて、走り出します。
けれど言葉を浴びせた子は、ぴくりとも動く気配はありませんでした。
逃げてゆく裕福な子たちの背中を、きっと睨んでいるのでしょう。
その背中が夕暮れに紛れてようやく、青い目の子はくるりと足をこちらへ向けました。
「お前、強いんだな!」
そう呼びかけたルフィにちらりとだけ目をやって、その子は何もいわずに院のたてものに入ってゆきました。
その目にあるのは、さっきまでの怒りと―ほんの少しのかなしみでした。
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