ルフィは、すっかり仲良くなったビビと並んで晩餐を過ごしました。
「そうだビビ、明日は院の外で冒険しねェか?」
「え、でも院の子は外に出ちゃダメなのよ?」
「街はアブネエかも知れねェけど、反対側はいいだろ?ほら、あいつも行ってた。」
「・・・ウソップさん?」
「おお、そいつそいつ!あ、あいつだな。」
がつがつとごはんをかきこむルフィの横でチョッパーは、ウソップと呼ばれた子をちらりと見ました。
「お前さっき、あいつとなんかしゃべったのか?」
「・・・別に。」
「そっか。」
小さい子たちに囲まれて、ウソップははしゃぎながらごはんを食べています。
さっき見たさみしそうな目は、もうどこにもありませんでした。
ぱっとこっちを見たその目は、ゆっくり笑って、手を振りました。
ルフィは目をぱちくりとさせました。
「・・・ルフィさん、」
「あ?」
「ほんとはね・・・元気、だしてねって、言ったの。」
もごもごと、うつむきながらビビは言いました。
「そっか!」
うれしそうに笑うルフィに、ないしょよ、と小さな声は言いました。
「遅かったじゃないの、早くおあがり。」
配膳係のおばさんが努めて明るく呼びかける声が、食堂に響きました。
トレイを下げているのは、けんかをしていた、青白い肌の子です。
『あいつだ!』
「おおい、こっち来いよ。」
嬉しそうに、ルフィはその子に呼びかけます。
くすんだ色をした髪から、ちらりまた青い目が覗きました。
けれどその目はぷいっとそっぽを向いて、ルフィたちから遠く離れた席へ行ってしまいました。
「ビビ、あいつ知ってるか?」
「知らない。こわい子。」
遠い遠い席で、その子はたった一人スープを黙々と口に運びました。
元気にはしゃぐウソップという子、青いいらいらとした目の子。
代わる代わるその二人を見ながら、ルフィは5杯目のスープを平らげました。
夜が、やってきます。
教会は今日も路上の子どものために屋根を差し出します。
「こら、モンキー・D・ルフィ、今夜は部屋で寝るんじゃなかったのか。」
「おう、ケムリン、今夜は仲間が出来たからこっちで寝るよ。」
「・・・何だそりゃ」
「・・・あいつ!あいつだよ。」
ルフィの指差した先には、煤だらけのナミが帰ってきていました。
「ただいま、ルフィ、チョッパー」
「おう、おかえりナミ」
うれしそうにあいさつする二人に、
「・・・・・。」
けむりはきの男は何も言わずばさりとブランケット二つ置いて立ち去りました。
「ありがとう、ケムリン!」
「お休みなさい、ケムリン。」
ルフィは小脇にチョッパーを抱えたまま、昨日と同じ十字架の真ん前で、ナミと一緒に眠りました。
どれくらい眠った頃でしょう。
ぬいぐるみさん。
ぬいぐるみさん。
小さな声がしました。
チョッパーは意識を呼び戻します。
足元には今日も、ブランケットに包まる背中が見えました。
見えなくてもわかります。あのみどりいろの髪した男の子でしょう。
いいのよ、そのままでいて。
足音もなく、声の持ち主はチョッパーの目の前にやってきました。
流れるような黒い髪をした、とてもきれいな女の子です。
あなたと話がしたかったの。
みんなの声が聞こえる あなたに。
そう言って、女の子はチョッパーの傍にかがみ込みました。
わたしの声も聞こえるのね。
『おう、聞こえるぞ。おれはチョッパー。』
わたしは、ロビン。
わたしもあなたと同じ。
みんなの声は聞こえるのに、動けないの。
さみしそうにそういったその女の子は、そっと手をこちらに伸ばします。
「わたしの力を、少しだけあなたにあげる。
だから、かなしい声の子どもを、助けてあげて。」
ロビンと名乗ったその女の子は、そっとチョッパーの手に触れました。
その冷たい手から、どくんどくん、あたたかい息吹がチョッパーに流れ込んできます。
さあ、ぬいぐるみさん。
女の子は手を離して立ち上がり、チョッパーの背中に回りました。
「わたしが見える?」
いつもどおり、チョッパーはころんと転がりました。
転がった目に見えるのは、あくまで冷たい孤児院の床。
ロビンが見たい。
ロビンを見たいんだ。
そう思ったときでした。くい、と、ほんの少しだけ。
チョッパーの首は動きました。
床に転がったまま、チョッパーの目には確かに床に立って微笑むロビンが見えました。
「少しずつ、動くようになるわ。おはなしだってできるようになる。」
夜の間だけだけれど。
静かにロビンは言いました。
『ロビン、おれには使命があるんだ』
ヒルルクとくれはの言葉を、チョッパーはおぼえていました。
『だから、がんばるぞ。』
こく、と一度だけ頷いて、ロビンは教会の闇にまぎれてゆきました。
チョッパーはまどろみもせず、身体の不思議な温かさの中、聞こえる声たちに耳を傾けていました。
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