「ごめんね、ルフィ」
「いいさ、治してやろうぜ。鳥と、ウソップも。」
「おう、おれが治すな、ビビ。」
「うん、ありがとう。」
痛かったでしょう、と女の子たちは、心配そうにウソップに尋ねます。
「うん、でも、あいつが助けてくれたから。」
指した先には、深く深く布をかぶった子が隠れたあとだけが残っていました。
「あ」
ウソップは、ちょっと待ってて、とその子の気配を追いに飛び出しました。街へ向かうほうの出口に、分厚い布をかぶった影はありました。
「ありがとう、ゾロ。」
「・・・別に。ああいうの、嫌いなだけだ。」
そういって、分厚い布にくるまれたまま、その子はくるり、公園を出てゆきます。
「街で仕事なんだな。」
ウソップの声に、何も返さず、振り向きもせず、その子は街へ向かってゆきました。
「夜は結構危ないんだ。」
それでもウソップは、
「気ィ付けてけな、ゾロ!」
何度も何度も、その背中に声をかけました。
「また明日な!」結局その日の午後は、院のベンチでチョッパーとカルーを繕って過ごしました。
ひざをすりむいたナミも、お仕事を2時間だけお休みして手伝いました。
「知り合いだったのか?あの緑の髪と」
ルフィの問いに、カルーを繕うウソップは首を振りました。
「名前、知ってただけだ。」
「よく知ってたわね。」
チョッパーのちぎれかけた角を縫い合わせながら、ナミも答えます。
「そりゃ、名前くらいは知ってるさ。」
そう言って、ウソップはベンチから見える子の名前を次々に言ってゆきます。
院の花壇のそばから動かない子、追っかけっこして走り回るふたり。
いつも教会の隅で眠る子。
食堂のお手伝いを終えた、口のきけない子。
あの目つきの悪い、金髪アタマはサンジ。
いっつも重い布かぶってるのはゾロ。
ルフィもビビもナミも、手を止めてそれを聞いていました。
―ウソップは、みんなの名前を言ってのけました。
「お前、スゲェな。」
「へへ、なんたっておれはウソップ様だ。」
最後に自分から言った、ウソップ自身の名前。
・・・それがゆっくりと別の世界をチョッパーにつれてきました。
冷たい風の吹く冬の日でした。
まっかな鼻、まっかなほっぺで、そこに小さなウソップはいました。
浅黒い肌の、ウソップそっくりの男の人と、色白のきれいな、鼻の長い女の人が、静かにたたずんでいます。
ゆっくりとこちらに手を伸ばしました。
「ウソップ、風邪ひかないようにね。」
「元気でいるんだぞ。」
とうちゃんとかあちゃんは、しばらく海へゆくから。
うん、待ってるよ。
笑って答えると、ぎゅっとぎゅっと、ふたりは小さなウソップを抱きしめました。
ちゃんといい子で待ってる。
12時の鐘が鳴っていました。
3時の鐘。
夕暮れ。
6時の鐘。
星が瞬いても、小さなウソップはずっとずっと大きな門のそばで待っていました。
ねえ、迎えに来て。「風邪ひくぞ、ちびすけ。」
教会の人が、声をかけました。
それは、待っていた声ではありませんでした。
「こっちへ来い。」
だめ、とうちゃんとかあちゃんを待ってるんだ。
「腹減ってるだろう。」
海へ、ゆくといったんだ。
「今日からここが、おまえの家だ。」
待ってるって、おれも言ったんだ。
「なあ、教えてくれねェか・・・おまえの名前。」
なまえ?
「ああ。しばらくは、おれの家族にしてやるから。だから、教えろ。」
ぶうぶうと吐き出される白い煙が、小さなウソップを包み込みました。
また世界はぐるりと回りました。「名前覚えてやったらさ、そいつがどういう奴か、ちょっとはわかるだろ?」
ウソップはふふんと笑って言います。
「ルフィのこともすぐ覚えたぜ!海に行くんだって、騒いでた。
おれもいっしょだ。大事なひと探しに、海へ行く。」
できた、とウソップはカルーをビビに渡します。
「おれ、ウソップが仲間でうれしいぞ。」
「うん、あたしも、仲間になれてうれしい。」
ルフィとナミの声に、ウソップは目をぱちくりとさせています。
「いっしょに、海に行こうな。」
ぎゅっとルフィは、ウソップの両手をにぎりしめました。
「おれとウソップの大事なひと探して、ナミとビビの故郷へ行くんだ。」
いっしょに。
ウソップは、とてもうれしそうに、その手を握り返しました。
チョッパーも、本当にうれしいと思いました。
おれを守ってくれたウソップ。
みんなの名前を知ってたウソップ。
こんなに強くてやさしいひとが、おれの仲間となかよくなれたんだ。「で、どうなんのルフィ?仲間、まだまだ増えるんでしょ?」
「ゾロ!あいつ欲しいな。おもしれぇぞ。」
「こわい人だと思ってた。」
「うん、でもあいついい奴だぜ。」
「楽しみだな!」
『楽しみだな。』
なかよくなった子どもたちといっしょに、チョッパーはうきうきと笑いました。
けがしたところは痛いけれど、とてもとても楽しい一日でした。
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