v:つながる
蔦の葉を揺らす風、朝の白さ、吐く息ひとつ。
冬はいよいよやって来ました。
公園の木々たちは、紅い葉をもうずいぶん落としています。
院の隅っこには、旬を外した彼岸花がちらほらと揺れていました。
お日さまはかけあしで寝床へ向かい、夜はどんどん長くなります。
遊ぶ時間が短くなる、とさびしがる子どもたちがたくさんいる中、けれどルフィたちは長くなってゆく夜をこっそり楽しみにしているのでした。
「チョッパー、もう動くか?」
その声に、ぱちんひとつ瞬き。
それが夜の始まりの合図でした。
遊びは、おやすみのあいさつをするときまで続きます。
生活棟で眠るビビやウソップにおやすみと言ってから、チョッパーは毎夜一人教会までとことこ歩き、ナミやゾロが帰ってくるのを待ちました。
教会の夜、生活棟の夜。
ときどき、見回りの大人に出くわすこともありましたけれど、そんなときは、ころん。
ぬいぐるみに戻って、通路に転がりました。
出くわすのが寝ぼけた子どもだったら、眠りの場所まで手を引いて歩きました。
眠れない子どもだったなら、コップに一杯水をくんで、ことんと置いて歩いていきました。
ナミや特等席を占領するルフィが眠りについてから、ゾロが帰ってくるまでの間も、チョッパーは寝ぼけた子や眠れない子に、同じようにしました。
「となかいさん、泣いている子がいるわ。お水をあげて。」
時々ロビンがやってきて、そう教えてくれることもありました。いつからか、院の子どもや教会で眠る子どもたちの間で、不思議なぬいぐるみの噂が流れるようになっていました。
「そのぬいぐるみに、さわってもいい?」
知らない子どもにルフィがそうお願いされるのも、すっかりいつものことになりました。
太陽がまだ空にあるときには、いつものようにチョッパーは元気に遊ぶルフィのそばにいました。
ルフィの周りには、ナミ、ビビ、ウソップ、そしてゾロがいます。
「何でおまえら、そんなにおれとなかよくしてェんだ?」
ゾロは何度も、分厚い布をかぶったまま首をかしげました。
ルフィも何度も同じように返します。
「おまえ、いい奴だから。」
「知らねぇだけだ。」
・・・おれ、酷いことしてるぞ?
ゾロは、決まったようにそう言いました。
「へー、そう。」
「そうなのか?」
「あんまり、ひどいこと、しないほうがいいぞ、ゾロ。」
「ひどいことしちゃダメよ、Mr.ぶしどー。」
「・・・なんだそりゃ?」
「お、いい名前だな!」
こんな調子で、やっぱりゾロはルフィたちに巻き込まれてゆくのでした。
「・・・しょうがねェなあ・・・」
少し困った顔で、ゾロは何だかんだとルフィたちの後ろをついていくのでした。
そんな彼らに、時々いらいらとしたまなざしが飛んでくることに、チョッパーは気付いていました。
青い目の持ち主は、ルフィたちが彼に気付く前に、その目をぷいっとどこかへやってしまいますが、路上で生きるナミとゾロは、注がれる鋭い視線に気付いています。
だから二人がいる早い時間に、そんなことがあれば、
「ルフィ」
「ん?」
「あの子、今日も見てるわよ。」
そう教えてくれるのでした。
けれど、
「・・・見てるんじゃない、睨んでんだ。」
「・・・あ、サンジ!」
「サンジ、来いよ!遊ぼう。」
ルフィやウソップがうれしそうにそう声をかけると、金髪の子はいつも走って去ってしまうのでした。
「・・・変な奴。」
呆れたような、残念な声がそのたびに漏れました。
チョッパーも残念に思いました。
『夜に見るサンジは、あんなに優しくてさびしそうなのに、どうしてこっちへ来ないんだろう。』
冴え冴えと照りわたる月の光を、全身に浴びる夜。
底冷えのする、雨のしとつく夜。
風にきしきしと木が鳴く、あらしの夜。
サンジはいつもキッチンの窓で、ふわふわと煙を吹き上げていました。
かたん。
チョッパーは戸棚からコップを二つ三つ、取り出します。
初めてその音に振り返振り返った夜。
チョッパーを見て、サンジは目を丸くしました。
「・・・誰だ、おまえ。」
ことん。
サンジの前に、水を入れたコップをひとつ置きました。
「おれ、チョッパー。・・・サンジ、眠らないのか?」
「・・・あのうるさいチビの、ぬいぐるみ、だよな?」
チョッパーには答えず、サンジはまじまじとチョッパーを見つめながら聞きました。
うるさいチビ。きっとルフィのことでしょう。
こくんとチョッパーはうなずきました。
「おれ、動くんだ。夜だけ。」
そうチョッパーが言うと、初めてその子は、ふわりと笑いました。
お昼間に見るあのいらいらとした影はどこにもありません。ただやわらかく、そして少しさびしそうな、そんな子どもの笑顔でした。
「おれ、夜はいつもここにいる。」
だから、また来いよな。
そう言ってくれました。
「眠らないのか?」
そうたずねると、ちょっと困ったかのように笑って、ぷうっと煙草をくゆらせました。
「また、来る?」
「おう、来るよ。」
水を汲むためにキッチンに入ると、必ずそこにサンジはいました。
「よお、おまえか。」
最近はそう言って、少し笑ってチョッパーを迎えてくれるのでした。
何の話もしなかったけれど、サンジは笑って、コップに水を汲むチョッパーを見ていました。
チョッパーも笑いながら、サンジがチョッパーの汲んだ水を飲むのを見ているのでした。
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