そんな夜を幾度も幾度もこえてやってきた、ある寒い寒い夜のことでした。
ビビとウソップといっしょに夕ごはんを終えて、いつものようにルフィが、まばたき出来るようになったチョッパーを抱えて夜のグラウンドに飛び出そうとすると、
「コラ、そこの3人!」
呼び止める、けむりはきの男の声がしました。
ぴた、とチョッパーも動きを止めます。
「うっ」
「ヤベ、ケムリンだ。」
「今日こそ、ちゃんと風呂に入ってもらうからな。」
そういいながら、ぶうっとまた大きくけむりを吐いて、男は近づいてきます。
遊び好きの3人は、夢中になるあまりこのところ他の子より少ないだけしかお風呂に入っていないのでした。
「逃げろっ!」
「逃がすか!」
「ケムリンさん、私この前ちゃんと入ったから、今日はいいわ!」
「いいわけあるか!」
3人は必死で駆け回りましたが、一番足の速いウソップも結局つかまってしまいました。
「おら、さっさと来んか!」
廊下の窓枠にぽん、とチョッパーとカルーを置いて、けむりはきの男はずるずると3人を引きずってゆきます。
その姿が見えなくなった隙に、
となかいさん
小さな声がやって来ました。
蛍光灯にぽうと照らされる薄暗い廊下、黒い髪がするり、揺れました。
となかいさん
とても困っている子がいるわ
助けてあげて
いつにも増して真剣な、ロビンの声でした。『わかった、どこにいる?』
チョッパーはカルーを脇に抱え、ぴょこんと窓枠から飛び降りました。
もう、来るわ。
ロビンはそういって、今来た暗い廊下をふわりと眺めました。
たたたたた。
子どもが数人、走る音が近づいてきます。
角を曲がり、チョッパーの目にもその姿が見えるようになって、その子たちは足を止めました。
「あいつ、もう来てないか?」
「・・・大丈夫、まいたみたいよ。」
男の子が3人、女の子が2人。
見れば、男の子たちの顔には、大きなあざができていました。
「怖かった・・・」
「おまえ、何であんなことしたんだよ」
「だって、あいつが悪いんだ」
「そうだ、あんなもんもってるし、生意気だし」
「なあ、おまえら、どうしたんだ?」
チョッパーは、その子たちに話しかけました。
ぎょっとして、5人はチョッパーを見つめます。
「ああ、こいつか、不思議なぬいぐるみ」
「本当だったのね!」
「なあ、けがしたか?何か困ってるのか?」
気にせずチョッパーは続けます。
不思議なことに、この5人からは、どくどくという走った後のこわばった心臓の音しか聞こえてきません。
困ってるって、何だろう?
「ああ、金髪の片目の奴、いるだろ?あいつから逃げてきたんだ。」
―サンジ。
その名を思い出した途端、ぶるりと、チョッパーの背に電流が走りました。
「何か、あったのか?」
「・・・・・」
いいにくそうに、子どもたちは目配せしあっています。
そのうちそろそろと、一人が口を開きました。
「あの子が隠してたもの、見つけたの。」
すごく大きな、ナイフ。
「こわくて・・・こわかったから、誰かに相談しなきゃと思ったの」
「そのまま持ってて外で遊んでたら、なくしちゃったんだ。」
何に使うのかもわからない、おおきな刃物。
鋭いそれを職員さんに渡そうとしているうちに、どこかへやってしまい、それを知ったサンジは、目の色を変えて男の子たちに跳びかかったのだそうです。
「おれたちぶん殴って、追っかけてきたけど、結局おれたち逃げてきたんだ」
しょんぼりと、5人の子どもは頭を垂れました。
「刃物だけど、やっぱり、大事なものだったんだよな。」
逃げ回る間の張り詰めた気持ちが解けてゆくにつれ、子どもたちも少しずつ、すまないという気持ちが代わりに沸き起こってきたのでしょう。
表はもう真っ暗でした。
カタカタと窓枠がうなります。
今宵はきっととても冷え込むでしょう。いつまでも外に出ていては身体を壊してしまいます。
『たすけて、あげなくちゃ』
チョッパーは、子どもたちに尋ねました。
「おまえたち、どこで遊んでたんだ?」
「院の中。どこでなくしたかは、覚えてない。」
けがの手当をしてもらうことと、必ずサンジに謝ること。
この二つをかたく約束して、チョッパーは子どもたちと別れ、ルフィのベッドのある部屋に駈けてゆきます。
おんぶしたカルーを自分の身体と一緒にひもでくくりつけ、ルフィのマフラーをひとつ取り出して、チョッパーは生活棟を飛び出しました。
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