どれくらい時間がたったでしょう。
教会の周り、グラウンド、そのかたすみの花壇、そして教会の中。
生活棟以外の全ての場所を、ルフィと帰ってきたナミと一緒に、チョッパーはさがし続けました。
 けれどサンジの刃物は見つかりません。

「どうだあ?」
生活棟をさがすウソップたちからも、みつかったという声は聞こえませんでした。




ぱっと。
教会を照らすおおきな灯りが消えました。
日が変わったのです。
「もうそんな時間なのね。」
「ゾロも帰ってきちまうな。」
そんなことを言いながら二人さがし続けていると、生活棟からサンジが出てきました。

「おい、おまえ。」
ルフィのところに、すたすたと歩いていきます。
「あいつら止めてくれよ。」
「あいつら?」
「あの長っ鼻と女の子。もう日が変わったのに、さがすのやめねぇんだ。」
こんなに寒いのに。

風はびゅうびゅうとうなるように吹き付けています。ぬいぐるみのチョッパーは平気でしたけれど、ルフィやナミのからだはすっかり冷えてしまっているでしょう。
「このまんまじゃ、からだ壊しちまうぞ。おまえもその子も、そんな薄着じゃないか。」
やきもきとした様子で、サンジは二人に言いました。
「あとはおれひとりでさがすから、」
そうサンジがルフィに訴えていたときでした。


「珍しいな、まだ遊んでるのか?」
分厚い布から漏れる声。
ゾロが帰ってきたのでした。

「お帰り、ゾロ。」
チョッパーの声に、かすかに笑う気配がします。
「何してんだ?おまえら。」
「さがしもの。付き合わなくていいぞ。」
「そうか。で、何さがしてる?」
そのまま二人は、冷え切ったグラウンドの縁、教会の植え込みの辺りに足を向けました。
「待てよ!」
「・・・何だ?」
サンジはさがしものに向かう二人の前に立ちはだかります。
「止めろって言ったろ?おまえらに関係ないじゃねぇか!
余計なことすんな、さっさと寝ちまえよ!」
ルフィは、そんなサンジの肩に手をやって退かせ、そのまますたすたと歩いてゆきます。
ゾロもそれにならって、歩を進めてゆきました。

「おれのこと、おまえが決めるなよな。」
ちらり、首をかしげて、ルフィは言いました。
「おれのことは、おれが決める。他のやつらは、勝手にするさ。」

布の隙間から、静かに緑の目がサンジを見遣りました。
「ルフィがさがしてる。チョッパーもさがしてる。だから、おれもさがす。」

そうやってゾロも、ルフィといっしょに教会の植え込みの辺りに行ってしまいました。

「おい、待てよ、」

「おーい!ナミ!」
ウソップの声が、生活棟から降ってきました。
「そっちはどうだ?」
「まだよ。」
「そっか、こっちもだ。」
「もうちょっとさがしてみるわ。」
「わかった!」

そういってナミは、もう2度もさがした小さな倉庫へ向かいます。
ちらりと、ナミはサンジに向き直りました。
「あんたに、必要なんでしょう?」
ふ、と笑って、そのままナミも刃物を探しに戻ります。
きっとウソップも、ビビといっしょに生活棟を上から下までさがしなおすのでしょう。

「・・・ばかじゃねェの・・・」
苦々しくそう呟いて、サンジは生活棟の裏側に再び回りました。
チョッパーももう一度、すみの花壇に向かいました。




夜はますます更けてゆきます。


空をゆく黒い雲は、あまりに速いその流れのゆえに、月をのぞかせては隠してしまいます。
ざっと聞こえた土の音にチョッパーがくるり、振り返ると、ルフィとナミはさがす手を少し止めて、身を寄せ合っていました。
貫くような寒さ、突き刺すような夜風は、止む気配がありません。
「大丈夫か、二人とも!」
駈け寄る声に、ルフィが答えました。
「おれは大丈夫だ。ナミ、寒いだろ?これ着ろよ。」
ルフィは自分のジャケットをぬいで、ナミに渡します。
「・・・あんただって、寒そうじゃない。」
「平気だって。ほら!」
うつむくナミに、ルフィはジャケットをかぶせました。

チョッパーはそのまますぐに、薄いシャツ一枚になったルフィの胸にしがみつきました。
「しし、チョッパーはやっぱあったけェな!」
ぎゅっとチョッパーを抱き込んで、ルフィはナミにチョッパーを抱っこさせます。
「・・・ありがと。」


にっと笑ったルフィがじたばたとからだを動かして、さあもうひとさがし、と意気込んでみせたときでした。


「ルフィ、」
サンジが、グラウンドに戻ってきました。
ルフィもナミも、チョッパーも、ぱっと顔を上げました。
「もういいよ、おまえら。早く寝ろよ。」
かじかむ指を何度も握り返しながら、サンジは呼びかけます。
ルフィは返事をしませんでした。

「その子やあのミドリムシ、路上で生きてるんだろ?風邪なんかひいたら」
「さっきも言ったろ?
あいつらなら、勝手に決めるさ。おれは、さがすって決めたんだから、さがす。」


あの倉庫、行ってくるな。
チョッパーとナミにそう呼びかけ、ルフィはさらにもう一度、小さな倉庫へ足を向けました。


「もう、止めろよ。」
ふるえる声にも、ルフィは振り返りませんでした。
風はますますうなりをあげてゆきます。
その中を悠々と、腕をぶんぶん振り回しながら、ルフィは進んでゆきました。
「何で、おれのものなのに」



ひゅうっと、息を吸い込んだ音がしたように思いました。


「たからものなんだろ?」





たからものは、何があっても絶対失くしちゃダメなんだ。
何があっても、絶対、守んなきゃダメなんだ。
「だからだ。」


揺るがない、まっすぐなルフィの声に、サンジはただ立ち尽くします。
ぐるっと首だけ振り返り、ルフィの黒いひとみはようやくサンジをとらえました。


「心配すんな、絶対見つかるから。」
そういってルフィは、大きく笑ってみせました。

「それにしても、」
どこいったのかしらね。
チョッパーをグラウンドにそっと下ろし、ナミはつぶやきました。
ふんふんふん、青い鼻を利かせてみても、変わった匂いはしませんでした。



けれと、ぱちんとひとつ、瞬きほどの間。
吹き荒れる風の中、紛れそうなささやき声がしました。





ここよ。


何度もさがした花壇から、小さな小さな声。
振り向いたチョッパーには滑らかな黒髪こそ見えませんでしたけれど、それはきっとロビンのものでした。



とことことこ。


花壇に繁る草花の中、チョッパーは必死で手を伸ばします。
「どうしたの、チョッパー?そこ、さっきさがしたんでしょう?」
追いかけてきたナミが、首を傾げます。
「ナミ、もう一度いっしょにさがしてくれないか?」


首をかしげながらも、ナミも一緒に手を伸ばします。
冷たい土はすっかり固くなり、草花は風に煽られて少し傾いているものもありました。
植物たちの合間、土の境目を、ナミとチョッパーは注意深くさぐっていきました。






草花にはない硬い手触りに、はっとナミは手を止めます。
おおわれた土を静かによけてゆくと、そこにあらわれたのは、細長い木の柄。
すっかり泥にまみれてしまったそれには、けれど確かに、鈍く光る刃先がありました。


「これ、違う?」
息を切らせてナミが、土まみれの刃物をサンジに見せました。
それはナイフではありません。
・・・長くて細身のそれは、庖丁でした。


サンジはそれを、ナミから受け取ります。

「う」
がちがちと震える指で残る土を払い、その柄をぎゅっとにぎりしめました。





たからものは、やっと見つかりました。







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