「ありがとう。」
ぴしぴしと窓を打つ冷たい風の中、声を震わせてそう言ったサンジは、庖丁を両手に抱いて生活棟へ帰っていきました。
「おやすみ、サンジ。」
「・・・おう。」
そっけない返事。
ナミもゾロも肩をすくめましたが、ルフィはそれでも嬉しそうににこにこと笑っていました。さあ、夜の風はいよいよ子どもたちを追い立てます。
ルフィはその足を、サンジが向かったのと同じ生活棟に向けました。
院の中にいるビビとウソップに、"見つかったよ"と伝えるためでした。
「おやすみ」
「おやすみ」
「おう、また明日。」
ナミとゾロもくるり、踵を返し、寒い寒いと言いながら教会へ入ってゆきました。
二人にあいさつをしたルフィは、今夜は生活棟で眠るつもりなのでしょう。
チョッパーもその後をついて、生活棟に入っていきました。
冷え切った廊下、聞こえるのはぺたぺたとなるルフィの足音だけでした。
ウソップやビビの姿は見当たりません。
ルフィは一番遠回りをして、廊下という廊下を全部回って自分の部屋に向かいます。
暗闇の中続いてゆく長い廊下にその音はとてもよく響きましたけれど、足音は打ったきり、何の返事も返しません。
「なあルフィ、」
「ん?」
「サンジ、二人に言ってくれたのかな。」
もしかしたら。
たからものを差し出したナミの手を、震えるほどうれしいと思ったくせに、ぷいっと帰っていったサンジの背中。
そんな意地っ張りのことを思い出して、チョッパーはルフィに言ってみたのでした。
「へへ、かもな!」
いいやつだからな、あいつ。
ルフィが、やっぱりうれしそうに笑う気配がしました。
チョッパーも、うれしくなりました。
「うん、そうなんだ。いいヤツなんだ。」
ぺたぺたぺた。
その音だけしか帰らない冷たい廊下は長かったけれど、二人はうきうきと部屋に向かってゆきました。
ぺた、ぺたん。
ルフィのベッドがある部屋のふたつ手前、非常灯のそば。
かたん。
ルフィの足音に、ガラス戸の揺れる音がしました。
足を止めた二人を待っていたのは、ルフィの部屋の前でしゃがみ込んでいた、サンジでした。
「これ、返しに来た。」
ありがとう、と小さな声で呟きながら、サンジは闇から手を伸ばします。
握られていたのは、チョッパーがルフィのところから持ってきた、ルフィのマフラーでした。
「別に、明日とかでもよかったんだぞ。」
そうルフィが首をかしげても、サンジは何も返しません。
「ま、いいや、ありがとな、わざわざ。」
ルフィはそういって、マフラーをサンジから受け取りました。
薄着のルフィも、ようやく少し暖まっているようでした。
けれど。
マフラーがルフィの手に戻っても、サンジは一向に帰ろうとしません。
ただずっと、ルフィとチョッパーを見つめ、何度も瞬きしては繰り返しうつむいていました。
サンジ。
苦しいのか?
チョッパーは一歩踏み出して、握ったりはなしたりを忙しなく繰り返すサンジの手に、そっと触れました。
何か、おれたちに伝えたいのか?
ぴく、とサンジは顔を上げました。
「おれ、聞くぞ、サンジ。」
そういってやると、ゆっくりと一度息を吐き出して、
「話、しても、いいか」
ルフィを見つめながら、そういいました。ルフィは黙って、部屋の扉を開け、その中へ入っていきました。
さ、来いよ。
チョッパーはサンジの手をそのまま引いて、部屋の中に招き入れました。
ふかふかとしたぬいぐるみの手を、静かに包んで、サンジは後について部屋に入りました。
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