「別にどうでもいいぞ、おまえの過去なんか。」
ルフィの言葉に、やっと軽く笑う気配がします。
「ああ、聞かなくていいよ。おれが言いたいだけなんだ。おまえと、チョッパーに。」
ふーっと煙を吹き上げてたばこを飲み切り、サンジは次のたばこに火をつけました。
チョッパーはサンジの隣に、ちょこんと腰を下ろしました。
どく どく どく。
鼓動は続いています。ぽつり、ぽつり。
重い扉の隙間からもれたしずくのように、サンジは言葉をこぼしてゆきました。おだやかな海、小さな島。
母親と二人きりの家族。
「母親が死んだ次の日、やってきたチンピラがおれの親父だって言われて、東へ連れてかれて。」
「ギャンブルやって、負けては荒れて。」
「おれの腹音がするたび荒れて。」
「変な商売に手出して、いよいよ何にも回らなくなって。」
「最後の手段で、おれを上のヤクザに売り飛ばしたんだ。」
「養子になったんじゃないぜ。」
「おもちゃだ。」
「動かなくなるまで、セイエキぶっかけられるためのおもちゃだよ。」
「あいつら、言うんだ。おれが悪いんだって。」
でもな、おれさ。
「感じてたんだ。」
気持ち悪くて、嫌で、イヤで
でも
おれ、イっちまったんだ。
「最低だよなあ。」わざとらしいほどの明るさで、サンジは言いました。
テメェの命賭けて、おれをここに連れてきてくれたバカな男は、今頃どうなってんのかもわかんねェ。
こんなおれを、助けるために。
こんなおれが、のうのうと生きてるってのに。じりじりと、紫煙は不穏なにおいを夜に漂わせています。
「ヒデェよな。」
・・・多分、どっかが、腐ってんだな。おれは。
ひゅうと吸い込んだ音のあとに、ふうと吐き出した息がサンジの髪を揺らしました。
そして、ふ と、呆れたように笑いました。
どくん。
まるで世界が揺れたかのようなおおきな波がして、チョッパーはぎゅっと胸のところを押さえました。
がたがたと窓枠を揺らす夜風が、ぎりぎりとチョッパーをしめつけました。
叫ぶ風は、悪意のような、悲鳴のような音を立てています。
「バカかお前。」
白い息をくぐり、射抜いたのはルフィの鋭い声でした。
腐ってんなら、何でそんな顔するんだ。
なんで痛いって思うんだ。
チョッパーの胸を押さえつけていた言葉の波が、ルフィからあふれ出すように。
ルフィは目を揺らすことなく、言いました。
「なんでお前に、心があるんだよ。」
がちり、サンジの目がルフィのそれとかち合います。
チョッパーに見えたルフィの目は、子どものような大人のような、不思議な黒をしていました。
「おまえばかだ、おまえの親父も、おまえに変なことした奴も、みんなバカだ。
いいか、金なくっても、おまえが何してても、誰もおまえを踏みにじっていいわけないんだ。
スゲェ金持ちの強いやつでも、おまえの親父でも。お前のからだだって。」
「・・・なんで・・・?」
押し殺したけれど、震えを隠しきれなかった低い声。
口元をゆがめ、そっと投げかけたサンジを、黒い瞳は揺るがず静かに答えました。
「お前、生きてる。だからだ。」
誰かに助けられていいんだ。痛めつけられなくていい。
大事な誰かに、好きになってもらっていいんだ、サンジ。ルフィの、静かで、けれど強いことばは、闇にゆっくりと沁みてゆきます。
ぶるり、大きくサンジは身を震わせました。
ぎゅ、と両腕で自分の肩を抱いて、サンジは小さく呻きました。
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