「サンジのこと好きなヤツ、これからゼッテェいっぱいできる。」
ごろん、ルフィはベッドに寝そべり、目だけをサンジに向けました。
「今日、いっぱいできたしな。うん。おれもそうだ。」
そういって、ルフィは笑いました。
「おれも、そうだぞ、サンジ。」
そういってチョッパーは、強ばるサンジのからだにきゅっと抱きつきました。
ずいぶんと冷たいからだが、少しでも暖まればいいと思って、チョッパーはきゅうきゅうと抱きしめました。
そっと、サンジの細い腕がチョッパーにまわります。
すると、ぐるり。
また、世界がやって来ました。
真っ暗闇。
聞こえるのは、思わず耳をふさぎたくなるような怒号と悲鳴。
熱い!
顔の左側、身震いするほどの痛みが走ります。
これで、逃げられねえだろう。
お仕置きだ、ガキめ。
誰かが低く、笑う声がしました。
痛い!
影から伸びてくる手。
それはからだに巻きついてぞわぞわと肌をたどりました。
さわるな。
やめろよ。
腕も脚も、あらがうための力はもう残ってはいませんでした。
叫び声は、次第に弱く弱くなり、おしまいには小さな鈴ほどの呟きになりました。
もう、やめて。
小さなサンジは、ぎゅっと背を丸めて、もっともっと小さくなろうとしました。
きゅうきゅうと、こころのあたりが破裂しそうになった、そのときでした。
ふわり。
あたたかいものが漂ってきます。
はっと目を開けると、そこには、黒ずんだ器に注がれたあめ色したスープがありました。
持って来てくれたのは、おひげを編んだ、厳しい顔した男の人でした。
いつも見ていた、懐かしい顔のような気がしました。
男の人は、ひん曲がったスプーンをサンジに渡しながら、言いました。
「これ飲んだら、こっから連れ出してやる。」
だからちゃんと、ゆっくり飲め。
サンジは、スプーンをスープに浸し、そろそろとすくい上げます。
ふるえる唇で、かじかむ指で、ゆっくりとスープを吸いました。
こくん。
スープはのどを通り、心臓を通り、全身にしみわたってゆきました。
「美味いだろ、チビナス。」
何もいわず、もう一度サンジはスープを口へ運びます。
もう一杯。
もう一杯。
「うめぇ」
ぽろり。
もう一杯。
もう一杯。
「めちゃくちゃうめェ。」
ぽろぽろぽろ。
スープに大粒の涙がたくさんこぼれ落ちました。
からん。
空になった器が、スプーンを受け止め冷たい音を鳴らしました。
ぽんと、大きくて硬い手がサンジの頭に触れました。
怖くねェぞ。おまえは自由だ。
ぐるり。
世界は閉じてゆきます。
チョッパーの肩のあたりは、ぽたぽた、冷たく濡れていました。「サンジ、実はあんまり時間ってないんだぜ。」
飛び込んできたのは、さっきと同じ、明るいルフィの声。
「え?」
「やることがいっぱいあるからな。
大事な人に会うためにすること、新しく仲間増やすこと。
どうやって船手に入れるかとか、どうやって海に出るかとか!」
月の冷たい光の中でもわかるほど、目をきらきらと輝かせて、ルフィは言いました。
「―憎んでる時間なんか、おれにはないんだ。」
さあ、お前は何がしたいんだ?
「復讐か?」
くいっと、ルフィは明るい目のまま首を傾げます。
「庖丁、あるけどな。お前には。」
「・・・んなの・・・」
真っ赤に染まったひとみが、ようやくギロリと昼間のサンジの力を取り戻します。
「・・・復讐なんて、人生のムダだって知ってる。
そんなモンに使うんじゃねェよ。」
目を閉じて、サンジは、チョッパーをもっと強く抱きしめました。
「・・・料理、したいんだ。」
おれの、世界一尊敬する人がくれた、あいつで。
「何だ、知ってるんじゃねェかよ。」
ルフィは呆れたように、けれどわらっていいました。
「お前が、一人ぼっちなわけねェし、くじけたりするはずもねェだろ。」
そこに、たからものがあるんだからな。
サンジの腕の中でチョッパーは、サンジのほおに手を伸ばしました。
ぽんぽん、軽く撫でる手に、思いを込めました。
ほら、ちゃんと言え、サンジ。
できるから。
チョッパーは、サンジを真正面から見つめました。
さっきルフィがしたように、まっすぐ、どこまでも強く。
サンジはそっと、チョッパーを腕からはなして、ちらりルフィに目をやりました。
「おれはサンジ。ゆめは一流料理人。」
ぎゅっとチョッパーの手をにぎりしめ、サンジは笑って言いました。
チョッパーがはじめてみる、とても無邪気で、今までのサンジよりずっと明るい笑顔でした。
その週の日曜日。
お昼ごはんは、いつもより少しにぎやかでした。
「コラ、クソチビ共、ちゃんと量はあるから順番守れ!」
「うほーっ、サンジのメシー!」
「あ、ルフィばか、レディファーストだっつってんだろ!」
響き渡るやんちゃで元気な声が、ひとつ増えました。
「いい面するじゃねェか。」
けむりはきの男が、そっと呟きました。
もうすぐ、クリスマスがやってきます。
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