一年でいちばん お日さまがねぼすけな くらやみの長い日がやってきました。
遅い日の出、早い日没、長い夜。
ほんの少しの太陽の恵みをいっぱい浴びて、日が傾くや、子どもたちは院の中に帰ってゆきました。
「冬至、一年でいちばん長い夜だ。今日あたりに吹雪がやってくるかも知れんぞ。」
職員さんたちが、そういって子どもたちを院の中に呼び込んだのでした。

 いつまでもいつまでも遊んでいるルフィたちは、もちろん一番先に呼ばれました。
「ちぇ、まだ明るいのに。」
「あと半時もしねェうちに暗くなるんだって。」
「うおお、どおりで寒いわけだ。あー寒い寒い寒い」
「繰り返すな・・・っつか引っ付くな、バカっパナ。」
「しっかしつまんねェな、もう外出ちゃダメなのか。」
「いいじゃねェか、とっととメシくってあとはあそこで、な?」
「おう、今日は何見ようかな。」

グラウンドや公園の代わりに、ルフィたちが選んだところ。
それは、おんぼろスチームのある、図書室でした。




「ねえ、ウソップ、サンジ君」
「ん?」
「字、教えてくれない?」
「「字?」」
「うん…手紙を書きたいの。」

クリスマスの飾りを作り始めた頃の二人に、ナミはそうお願いしました。
じゃあとっておきのとこへ、とウソップが案内したのが、教会奥の図書室でした。

古い紙のにおいの中、かみさまの本がたくさんと、同じくらいの色んな絵本、写真の本。
物語にレシピに工作に、それから、それから。
「ただの、倉庫だと思ってた」
ほとんどの子どもが知らないそこに、みたこともない世界の扉がたくさんありました。
チョッパーはその世界の中から、クリスマスの絵を探し出して。
ウソップは探し出した絵を、ナミといっしょに描いて。
サンジは探し出した郵便番号の本から、ずっとナミが空で覚えていた住所の綴りを見つけ出して。
物覚えのよいナミが、戦地にいる家族への言葉を一人で書ききって。
そのあとも。
夕ごはんのあと、院で教会で眠る前には、かすかに暖まるおんぼろスチームの前でルフィやビビもいっしょに過ごすことが多くなったのでした。




 そのうち、読んだ本のこれがいいとかあれがどうだといった話も、するようになりました。
「ナミさんが、テメェが好きそうだって言ってたぞ、この本。」
そう言ってサンジは、ある棚の大きな本を取り出しました。
「うおっ、見せろサンジ!」
今日選ばれたのは、大判の、青い本。
チョッパーもあっと思いました。

ルフィの手に渡されたのは、眩しい空の青と、その下に広がる澄んだあお。
海の写真集でした。

「うおー、海だ!」
「うわあ、とってもきれい!」
歓声を上げ、ルフィとビビは次々にページをめくっていきます。
次々と色んな青が踊り広がるその写真を、チョッパーもじっと見つめました。
きれいだ、すごいな、と大騒ぎする二人に、サンジは言いました。
「当たり前だろ、写真なんだから。おれなんか、もっともっときれいな海行ったことあるんだからな。」
「ホントか!」
「おれが昔住んでた島なんか、そりゃあきれいな海だったんだぜ。晴れた日は青く、雨の日は深緑に見えるんだ」
「うおーっ、何かすっげぇ!」
「魚もいっぱい取れたんだ。近所のじいちゃんがブリ釣って来たりしてさ、もうこれでもかってくらい美味いんだそれが。」
サンジはとてもうれしそうに、生まれた海の話をしました。
それは海に焦がれるルフィも、海の向こうに家族のいるビビも、そしてまだ海をみたことのないチョッパーさえも心弾ませる楽しいものでした。
「いいなー!おれも早く海に出てェな!」
「おお、行こうぜ、連れてってやるよ!」
そう言ってよろこぶみんなの後ろから、そっとウソップは紙の向こうの海を眺めました。





「海って明るいんだな。」
そう、ぽつといいました。

「ウソップ?」

そのページには、白いほど明るい砂浜と、彼方まで少しずつ青味をかえて広がってゆく海が大きく写されていました。
ウソップは、にこっと笑いました。

「こんなに明るいところで眠ってるなら、きっと父ちゃんも母ちゃんもさみしくないよな。」





ウソップはいつかルフィに、だいじな人を 探しに行くと言いました。
ルフィと同じ、だいじな人がいる海へ。

「・・・どういうことだ?」

サンジの声に、やっぱり笑って写真を眺めながら、ウソップは言いました。
ぎゅ、とチョッパーの心が詰まります。
思わず、隣にいたルフィの赤いシャツの裾を握り締めました。

「うん、おれ知ってるんだ。
父ちゃんと母ちゃん、もういないって。
 海で死んだんだって。」





院で暮らして大分たった頃。
ふるい新聞を整理する仕事を任されたとき、久しぶりに触れた文字の中に、その小さな記事を、ウソップは見つけたのでした。
「ソカイグミにさ、家ナシの親ナシって言われていじめられたけど、結局アレ、大当たりだったんだよな。」
参ったよなぁ、とウソップはまた笑いました。
とてもきれいな海を見つめたまま、ウソップだけが笑いました。

カタカタ、時の揺れる音が響いてきます。

深く深く息を吸い込んで、吐き出して。
ぱらり、次のページをめくって、ウソップはこわばったままのなかまたちにやっと目を移しました。

「おれの夢は変わらないぜ。・・・ふたりを探しに、海へ行く。
あのふたりが、生きてたってことを探しに行くんだ。」



裾をにぎりしめるチョッパーの手を、上からきゅっとビビがつかみました。
ルフィはひざの上で、ぎゅっと拳をにぎりしめました。
「だって、二人はおれを生んで ここに残してくれたんだから。」
へへ、と声を上げて、ウソップは今までで一番大きく顔をゆがめて笑いました。

けれど、笑った顔は涙を止めてはくれませんでした。
「うう、ぐ、ゴメ・・・」
ぼろぼろぼろ。
うつむいて、ほっぺたをごしごしとこすってみたけれど、それでも涙は止まりませんでした。
「ゴメン・・・やな、話だよな、」



チョッパーの心に、どく、と緊張が走ります。

伝ってゆく涙を、白い手がそっと拭ったからでした。

うつむいたウソップも、その手に顔を上げました。
「サンジ?」


かなしいでも怒っているでもない、ただ何かを噛み締めるような、サンジの顔がありました。

どく、どく、どく。
からだをこわばらせ、サンジはじわり、ウソップに近づきます。



その音が破裂してしまうかと思われたとき。
ふわ、と腕を広げたサンジは、ウソップに寄りかかりました。

「いつか連れて行ってやるよ。」

くしゃくしゃの髪をなでて、ひくひくとわななく背中に手を回して。

「世界で一番きれいな海に。」
おれ、知ってるんだ。
そしてぎゅ、とひときわつよく、サンジはウソップを抱きしめました。




不慣れな両腕は震えていたけれど、それでもウソップは、それに応えてとても嬉しそうに抱き返していました。
サンジの目が、ウソップの背中越しにちら、と見えました。


『おれにも、できたかな、チョッパー。』

しし、と笑うルフィが、抱き合う二人に腕を回しました。
「やっぱり、海しかねェよなあ。」



スチームが切れる音がしました。
もう、あとは眠るだけです。


その夜、ルフィとサンジはチョッパーを連れてそっと部屋を抜け出して、ウソップのベッドでみんな引っ付いて眠ったのでした。







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