「きょうは、どうする?」
「今日よりあしただ、どうする?」
「どうしようか?」
「どうするっつったって、何もねぇぞ。」
「おれは料理だな。明日の夕飯、ちょっと期待してろ。」
「うおお、サンジカッケェェ」
「ナミちゃん、あしたも仕事?」
「うん、クリスマス前の街なんて、どいつもこいつも財布緩んで稼ぎ時なのよ。」
「ナミも明日はいつもより早めに帰って来いよ、遊ぼう!」
「何して遊ぶんだ?」
「・・・ゾロのアタマの 飾りつけとか。」
「あ」「それいい、最高」
「アホか!」
「えー、せっかくのみどりなのに。」明日は、どうしようか。
ルフィたちも、他の子どもたちも、その話で持ちきりでした。
ついに明日、クリスマスがやってくるからです。
教会の外、ささやかに飾られた木を見上げ、あちこちの扉にぶら下がるリースやオーナメントを眺めていたのも、ぜんぶぜんぶ、明日を待っていたから。
働きに出かけるほんの少し前の時間、院内はいつもより多くの笑い声で、さざめきあっていました。
「行ってきます!」
「いってらっしゃい、ナミちゃん!」
「気をつけて、ナミさん!」
「またあとでな!」
そう言って街へでかけたナミを見送ると、サンジはウソップを連れて、クリスマス料理の準備をしようと、足を生活棟へ向けました。
「サンジさん、私も行っていい?」
「ビビちゃん?いいの?結構大変だよ。」
「うふふふ、お料理のお手伝い、してみたかったの。」
「よしビビ、じゃあおれさまがしっかり教えてやっからな!」
「お前ェじゃねぇっつの。」
ビビも、それについてゆきます。
「えー、サンジ、おれは?」
「「ルフィは絶対ダメ!!」」
「なんでー」
「お前、絶対つまみ食いすんだもん。」
「いいじゃねェか、ちょっとくらい」
「「アレのどこがちょっとなんだ!」」
「明日院に来るやつの分ぜんぶ、おれたちで作るんだ。セキニンジュウダイなんだかんな。」
「ゾロ、そいつ見張っといてくれ。ルフィ、キッチンに近寄ったら蹴っ飛ばすぞ。」
「・・・だってよ。」
「ちぇー、サンジのケチ。」
こうやって、ルフィとゾロは二人、表に取り残されてしまいました。
「ま、しゃーねーな。」
「・・・・・」
「おら、ぶーたれてんじゃ・・・」
「ぃよしっ!ゾロ、何して遊ぶ?」
「・・・切り替え早ェな。」
そのゾロの呟きが終わる前に、ルフィはチョッパーを抱えなおし、グラウンドにずかずかと歩いていきます。
「ん?」
そのルフィが、足を止めました。「どうした?」
「ケムリンだ。」
いろどりのない冬の花壇のそばに、似つかわしくない大きな背中が丸くなっていました。
「珍しいな。」
よし決まり、とばかりに、ルフィはゾロを引きずってそちらに走っていきます。
「何してるんだ?ケムリン。」
「クリスマスだ。」
「クリスマス?」
「昔、この花壇が好きだったチビがいたのさ。」
おれが助けられなかったチビどもにもな、この日くらいは。
そう言ってそっと花壇に埋めたのは、ひいらぎの枝と、ピンクにほんのすこし紫の混じった荒れ野の花の株でした。
「なあ、モンキー・D・ルフィ・・・それに、ロロノア・ゾロ。」
ぶふぅっと吐き出されたけむりは、白い冬の大気に溶けてゆきます。
「何をなくしても、大事なやつの名前は、忘れんじゃねェぞ。」
けむりはきが、最後の土をぱんぱんと盛りました。
「おれが、ここが好きだったチビの名前は、何があったって忘れねェように。」
覚えておけ。
白いけむりの先で、紫がかったピンクの花がふわり、揺れたように見えました。
なまえ。
ふわ、ふわふわ。
揺らめくけむりを、チョッパーは動かぬひとみで見遣ります。「そいつの名前は?」
「あん?」
立ち上がり、生活棟へ戻ろうとした背中に、ルフィはたずねました。
「ケムリンが、大事にしてたやつの名前。」
「・・・お前に、関係ねェだろう。」
「おれ、預かってやる。おれも覚えててやるよ。」
ゾロがちら、とルフィを見ました。
「おれ、海に出るからさ、そしたらそいつのこと、探せるだろう?
見つけてやる。ゼッタイ。」
だからおれに、その名前預けてくれよ。
けむりはきの男は、一度大きく目を見開いて、そして静かに目を閉じて、呟きました。
「ニコ・ロビンだ。」
もう一度背を向けました。
チョッパーのからだに、鈍い熱がぶわりとやってきます。
ニコ・ロビン。
動かぬ昼間の瞼の下に、冷たい夜に溶ける黒い髪を、思い浮かべました。
「そっか。」
ぎゅ、とルフィの腕がチョッパーの心をこちらへ取り戻します。
「いつかニコ・ロビンって奴に会えたら、お前に言いに戻ってくるからな。」
「・・・10年ぐれぇ先の旅の話より、まずは顔、洗って来い。」
そう言って男は、生活棟に戻っていきました。
ゾロはぼんやりと、その背中を見つめていました。
「どうした、ゾロ?」
「・・・別に。」
ぷいっとルフィの脇を擦り抜け、ゾロはそのまま門へ向かって歩いてゆきます。
「ゾロ」
呼んでも、振り返らずに。
すたすたと。
「どこ行くんだ?」
「・・・仕事。」
「まだ早いだろ?」
問いにふりむきもせず、そのままゾロは、街へ出て行ってしまいました。
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