「ルフィ、寝ないの?」
「んー。」
「・・・お前、つまみ食いする気だろ。明日のビスケット」
「失敬だな、お前!」

更けゆく夜、そろそろ院の明かりが全て消える頃。
教会の冷たい床には、仕事帰りのナミが既に転がっていました。
ルフィは、気がつけばじぃっと、ぎぎ、と重く鈍い音を立てて動く入り口の扉を見ています。
「ルフィさん、何か気になることでもあるの?」
「んー、ちっとな。」
そうにかっと笑うだけでこたえないまま、横にもならずチョッパーをぎゅっとするルフィに、みんなは首を傾げました。

「今日はね、明日のために私もお料理手伝ったのよ。」
「ビビが?」
「うん!」
「「・・・・・」」
「ごちそう、楽しみね。」
「や、楽しみっつーか・・・」
「うふふ、とっても美味しいわよ。」
「う、アレ、が?」
「・・・そんなビビちゃんも素敵だよ。」
そんな気分だから、と今夜は、ビビもウソップもサンジも教会で眠ります。
「うー寒い、ウソップ、こっち来い」
「カイロかよ、おれは」
「そうでなきゃ、おれだってレディの方がいい。」


ふ と消えた灯を合図に、子どもたちのさざめく声もひいてゆきます。

おやすみ
おやすみ
またあした


波が静かな凪になるころ、チョッパーはその身を包むルフィを見ようと、ちょっとだけ顔を上げました。
「眠らないのか?」
「チョッパー」
扉を見つめていた目は、ちろ、とチョッパーに降りてきます。
「あいつが」
ぱしぱしと何度もまばたきをして、とろんとした目で、ルフィは言いました。
「ゾロが帰ってきたら、起こしてくれ。」



こくん、頷くと、
ルフィはそのまま石の床に沈んでゆきました。

ありがとな、とささやいたおしまいには、くうくうと長い寝息があたりに伸びました。




むくり、チョッパーは起き上がります。
いつものように院の中を歩いてまわるためでした。
一回りしてルフィの隣に戻ってきたころには、きっとゾロも帰ってくるでしょう。
ちゃんと、ルフィのこと起こさなくちゃ。
そうして今夜も、まずは生活棟に向かいました。






とことことこ。
明日をまえに、子どもたちも穏やかな気持ちになっているのでしょうか。
それとも吹き抜ける風に混じる、冬の白いかけらのせいでしょうか。
いつもとちがい、院の中には眠らない子どもの影がほとんど見当たりません。
ひゅうひゅうと飛び交う夜風とチョッパーの足音だけが、生活棟の廊下にこだましました。
とことことこ。
グラウンドに出ても、それは同じ。
白いかけらがぽつぽつと降り落ちてきます。
寒い夜、ゾロも少し早く戻ってくるのかな。
そう思い、チョッパーはくるり、教会に向かいました。


とことこ、とん、その足を止めたのは、



となかいさん

花壇のそばの声でした。




「ロビン」

チョッパーは立ち止まり、硬い地表をさらした花壇に向き直ります。


「きいたぞ、おまえの名前」
"そう"
「今、どこにいるんだ?」

"あなたの近く"


声は真後ろ、グラウンドからやってきました。
振り返った先には、穏やかな黒い眼がくるりと待っています。

「そういうことじゃない、おまえ自身は、どこにいる?」

"どうして"

「おまえに、会いたいって人がいるんだ。」
だから知りたい。
おまえのほんものが、どこにいるのか。


"そう"
少し笑ったように見えたのは、ちらちらと風の中からやってくる凍えたしずくのせいだったのしょうか。
「おれの仲間。それに、けむりはきのケムリン。」
知ってるよな、とチョッパーは、昼間に同じところできいた話をしました。
「何があっても、お前の名前、なくさないって。そう言ってた。」


ざあっと、ロビンの滑らかな髪が揺れました。
ごうごうと唸りはますます強くなります。

"とても、うれしいことだわ"
しずかな声。
その表情はよく見えないまま、ロビンの影は教会に足を向けました。


"行きましょう、おともだちが帰ってきてしまうわ"

たたたた、とチョッパーはその後を追います。

「どこにいるんだ?」
"言ったでしょう、ここにいるわ。"
すたすたと、ロビンはチョッパーを見もせずに扉へと歩いてゆきます。


「待てよ」

そのままロビンは、教会の大きな扉を押しました。




ぎ、ぎぎぃ、と響く重い音がして扉は開きます。
ほんの一筋の明りが、扉の隙間からゆっくり院の中に伸びていきました。

「待って、ロビン」
ととと、と走ってきたチョッパーは、そのままロビンの白い手に蹄を伸ばしました。

触れた手は、ひんやりとしていました。



"あとは よくわからないの。わたしにも"

手をチョッパーに預けたまま、ロビンはこちらを向きました。
そのひとみは、困ったような、さびしそうな黒でした。
冷えた手を少しだけさすってやると、きゅ、と握り返しました。





となかいさん


暗く広々とした教会に、ぼんやりと静かな声がします。

"さっきのことば。"
「え」

「・・・・・本当に、いつか私を、見つけてくれるの?」

冷たい手からは、かすかな力だけが伝わってきました。


チョッパーは、こく、と頷いてみせました。
「ルフィはそう言った。おれも、そう思う。」

すると。
冬の欠片がなびくなか、ぱぁっと、ロビンが笑いました。

"じゃあ、私も。"

黒いひとみが柔らかく笑んで、チョッパーを見つめます。
"海へ出たなら、あなたたちを、さがすわ。"



その言葉につよくうなずいて、チョッパーもにっと笑って見せました。
「うん、会おう、かならず。」

とく、といちどだけ、チョッパーの手にあたたかな鼓動が流れました。



す、とロビンは手をそっと引きました。
「おともだちが、帰ってきたわ。」
ロビンが扉の外へ出ます。


ぎ、ぎ、ぎ。
閉じてゆく扉が低くうなります。
ロビンの姿が、遠くなってゆきました。
ルフィを起こそうと、チョッパーはロビンに背を向け、真ん中まで歩いていきました。





光の筋が絶えた扉を再び見遣ると、そこにはもうロビンの姿はありませんでした。
いたのは、分厚い布をかぶった影がひとつ。

「おかえり、ゾロ」

「・・・た、だいま」


ゾロが、かえってきました。








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