「酷ェこと、してるだろ。」
ゾロは、静かに笑いました。
生き抜くために、消した命もひとつじゃない。
「街での仕事だって、血まみれのものばっかりだ。
それがいちばん、強くなれるからな。」
酷いだろ、そう繰り返し、ゾロはチョッパーをひざから下ろしました。
ルフィは、何もいいません。
ギイ、と表の木が風に揺れているようでした。
けれど雪のせいか、今夜は何処までも静かです。
ひゅう、という音の後、長く長く息が吐き出されました。
「おれは、人殺しだ。これからも。」
そして、静かな声。「友達なんか、いちゃいけねェんだ。」
緑の目は、そう言って分厚い布の下にもぐりました。
「ゾロ。それでも」
がしっ。
チョッパーは立ち上がり、さえぎろうとする分厚い布をにぎりしめました。
「おれたち、ともだちだ。」
ゾロの身体に、ぐ、と力が入ります。
「違う」
「違わない」
だって。
ゾロがおれを助けたから。
それだけじゃない。
あの日。はじめてここにやってきたあの日、
おれに声をかけたじゃないか。
話さない、動かないおれに。
とすん、とチョッパーは、ゾロの懐に飛び込みました。
「ゾロ」
きゅうきゅう、その首にしがみつきます。
「あったかくなるまで、うんって言うまで、おれ動かないからな。」
「むりだ」
「むりじゃない。」
引っ付いた冷たいほおを、毛むくじゃらのほっぺでチョッパーは必死にあっためます。
ゾロ、ゾロ。
何度も、呼びかけながら。
「・・・・バカヤロウ・・・」
低い呟きの後、そっとチョッパーの背を、ぬくもりが包みました。
そして、ぐるり。
やってきたのは、真っ暗な重い景色でした。
無限の暗闇の中に、ぽつ、ぽつ、ぽつと明かりが灯ってゆきます。
ともし火が増えるにつれて、赤い点がちらちらと見えるようになりました。
それは・・・憎しみの目。
手元の松明にとてもよく似た、赤々と燃え滾る色をしていました。
ぱちん、とその目がかち合うと、足元がぐらり、揺れました。
地を這っているのは、声。
「呪いが」
「殺める手が ここに」
「恐ろしい、へび色の民め」
「殺すことしか知らないのだ、あいつらは」
「燃やせ」
「あの緑を、紅い炎で」
「どうか救いを」
「ここにあがないを」
みどりの髪、みどりのひとみ。
呪われたへびの色。
それを呪う声が、次々にやってきました。
振り返ると、ぽつんと小さな背中がありました。
小さな呟きだけが、その背中からそっとこぼれます。
何で逃げなきゃいけないんだ
おれは何にもしてないのに
何でおれの村が燃えてるんだ
おまえたちに触れないように 息を殺して住んでいたのに緑色の髪の子ども―ゾロは、何度も何度も紅い炎と憎しみの目を振り返りました。
問うた声に返る答えは、ただひたすら憎悪に満ちた呪いだけでした。
その中でただひとつ、ほがらかでやわらかな声が聞こえます。
「峠を越えれば、村の人たちは追っては来ないわ、あとは南へ逃げるだけ。」
黒い髪、凛とした目の女の子でした。
「ゾロが先に歩くの、心配ね。弱いから」
「うるせぇよ。」
静かに笑いあいながら、小さな二人はそおっと歩いてゆきます。
私が前を歩くわ。
そういって一歩を踏み出した途端、ナイフが女の子の喉に突き刺さりました。
「くいな!」
小さなゾロは急いでそのナイフを外しましたが、真っ赤な血があふれるばかりでした。
女の子は何か言おうとしましたが、もうそれは言葉になりません。
その代わりに必死で、ゾロを追いやる仕草をしました。
何でこいつが血を流してる
おれといたからか
おれがいるからか
「一人やったぞ!」
「あと一人は?」
近づく声に感じるのは、猛烈な怒り。
立ち向かうにはあまりにも大きな力。
けれど憎しみが、ゾロを突き動かしました。
小さなゾロは、分厚い布をかぶりなおし、右手に真っ赤なナイフをぎゅっと握りました。
獣の吼えるような声と共に、ゾロはひた寄る影に飛び込みました。
全身を一筋、熱が迸ります。
けもののほえるような声がしました。
まっかに染まった世界に、倒れてゆく人の群れが見えました。
駈けてゆくゾロの姿が、見えなくなりました。
ふわり。
戻ってきた世界には、チョッパーを抱く腕がありました。
「死んだ友の名前にかけて、おれ自身にかけて、おれは強くなる。」
ぎゅ、と腕に力がこもります。
「誰にも止めたりなんかさせねェ。おれは生き延びて、生き抜いてみせる。」
ただ強くあり、生き抜くこと。
それが全て。
チョッパーを抱く腕にあるのは、ただそれだけの強い決意でした。
「わかった、止めねェよ。」
静かな暗闇に、明るい声が差します。
くるり振り向くと、まっすぐにさすルフィの目がありました。
「おまえがそう言うんだ―付き合ってやるよ。おれも。」
「お前・・・」
「だからおまえも、いっしょに来い。」
おれは、おまえが欲しいんだ。
そう言ってルフィは、にーっと大きく笑いました。
「旅をするんだ。みんなの大事な人を、海へさがしに行くんだぜ。」
ごろんごろん、とルフィは転がって近づきます。
人を殺めた手で、生き延びて、生き抜いて、強くなる。
チョッパーにだって見える、ゾロの望むそれは間違いなく血まみれの道。
ゾロのひざまで来ると、からだを起こし
「一人じゃ行かせないからな。」
ぎゅ、とゾロの肩をにぎりしめ、ルフィはぎらりと笑いました。
「おれは、おれの仲間、夢ごと全部背負っていくから。」
「・・・着いてくよ。」
そういってゾロは、分厚い布をぱさり、外しました。
ステンドグラスからふわり漏れた冷たい光が風に揺れながら、ゾロの髪を照らしました。
誰ともちがうその不思議な色を、チョッパーは本当にうつくしいと思ったのでした。
初めて雪の降った朝。
「おはよ、ゾロ!」
目覚めたゾロの目の前には、ルフィが、ウソップが、サンジが、ビビが、ナミが、いました。
腕には、チョッパーがありました。
「いっぱい遊んで、いっぱい冒険しような、ゾロ!」
「・・・ああ。」
クリスマスの朝でした。
ゾロは、笑っていました。
冬風のゆく、雪が一面に敷かれた白いグラウンドに、ゾロの緑の髪はとても鮮やかに輝いていました。
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