グラウンドの脇、クリスマスツリーがぽうと照っています。
ひゅうひゅうと吹く風に揺れながら、あたたかく輝いていました。
「わあ!」
きいんと冷えた冬の世界には、数え切れないほどの光の粒が溢れかえっていました。びろうど色した空には、瞬く星と浮かぶ月。
いつもの教会には、ふわりと灯るクリスマスツリー。
残雪が、ともし火に照らされちらちらと光っています。
きらきらとした冬の世界に、ルフィたちもみんな歓声を上げました。
チョッパーも空を見上げました。
ひゅうひゅう、冬の風が毛並みを揺らします。
「あ、流れ星」
「わーっ、ねがいごと、ねがいごと」
「もうとっくに消えてるよ」
「ちぇー」
「きっとまたくるわ、ウソップさん」
大きなクリスマスツリーの下で、かけてゆくほうき星を子どもたちはさがします。
ひょう、ひょう、と風が唸りました。
「なあ、」
ルフィの目がくるり、こちらに向きました。
「チョッパーは、流れ星になに願う?」
「願う?」
「おう、なんか、何でも叶うらしいぞ。」
「違うわよルフィ、消えるまでに3回、ねがいごとを唱えられたら。」
ナミの言葉に、ぱちんと大きく瞬きひとつして、チョッパーはもう一度空を見上げました。
ねがいごと。
おれが、のぞむもの。
そんなチョッパーにふわり、かえってきたのは―
懐かしい、二人のことばでした。
「おれのしあわせを、わけること」・・・そして、もうひとつ。
「それと」
くっきりとこの目にうかんだのは。
「みんなと、海へゆくこと。」
いつか写真で見た、青い海と 青い空でした。
みんなを連れていくとルフィが言った、青い青い、まぶしい世界でした。そっか、とルフィは、うれしそうに笑います。
「でもよ、海へいくのは、お祈りなんかいらないぜ。」
「え?」
「何なら、今すぐにだって。」
とん、とひとつ大きくジャンプして、ルフィはチョッパーと5人の子どもに向き直ります。
「いよし、野郎ども、船つくるぞ!」
「「「「「ふね?」」」」」
おう、と大きく、うなずきました。
「ほんものの海の、予行練習だ。」
げしげし、と、グラウンドに残る雪をルフィが固めはじめると、仲間たちも同じようにぱんぱんと壁を作ってゆきました。
土交じりの残雪は、すぐに船べりとなり、
「いよし!」
「完成!」
ベンチを囲んで、星を、月を、空を見上げるデッキが出来ました。
「ヘェ」
「わあ、ほんとに船みたい。」
「ここはな、おれの特等席になるんだ」
「なんだそりゃ」
「じゃあおれ、マストのてっぺん!」
その声に、子どもたちはとても立派なマストをみんなで見上げました。
大きなマストになったのは、大きな大きな、クリスマスツリーでした。びゅう。
一際冷たく鋭くやって来た向かい風に、子どもたちはとても楽しそうに笑いました。
「風つえぇええ!」
「船ん乗ったらこんなもんだ」
「そう、向かい風が気持ちいいの!」
「デッキから見る海は、とても広いのよ」
びゅう、びゅう。
子どもたちの髪が、はげしく巻き上がり、ざっとなびきました。
「おい、どうした、チョッパー。」
「来ねェのか?」
「出発しちゃうわよ。」
「来いよ、チョッパー!」
"となかいさん"
ツリーの裏から、ひょこ、と黒い髪がこぼれます。
"海へ、行きましょう"
とことこ、とこ。
誘われるように、チョッパーは船べりを越え、デッキに並びました。やってきたチョッパーの手を、ナミとビビがきゅっとにぎりしめました。
吹き荒ぶ風に紛れないよう、パン!と大きく、ルフィがひざをたたきました。
「シュッコーするぞー!」
「「「「「おう!」」」」」ひゅい ひゅい びゅい。
強い風がツリーを揺らすと
ざあああっと 大きなうねりが 聞こえてきました。
ぶわり。
そこにやってきたのは―見覚えのある、けれど躍動する世界。
青い空、白い雲
青い水、光るその背
輝く青を さんさんと照らす 太陽でした。「これが海」
チョッパーは、呟きました。
うおおおおっと、おとこたちは大きな声で叫びます。
チョッパーも、いっしょに叫びました。
冬の澄んだ大気に、透き通るような青に、その声はとてもとてもよく響きました。
残り雪で作ったはずのそれは、吹く風を受け、何処までも青い世界を滑ってゆきます。
鮮やかに、果てしなく、ひろがる海を、確かにぬいぐるみのひとみはとらえたのでした。ごうっと、強い風が吹きました。
「うぎっ」「うわっ」
思わずみんな、背をかがめます。
チョッパーも、同じようにきゅっとピンクの帽子を押さえ、小さくなろうとしました。
どおん、と雪作りの船べりが、大きく揺れたような気がしました。
ころん。
「どうした、チョッパー?」
チョッパーが、転がりました。
転がったまま、チョッパーは空を見つめます。
"あれ、どうしたのかな"
いつものように立ち上がろうとしても、ただ、ころんと転がるばかりでした。
「・・・何で、転がってんだ?チョッパー。」
それじゃあ、まるでぬいぐるみじゃないか。たずねる声に、チョッパーの心が、きゅ、と冷えました。
"おれ、どうしたのかな"
そう、いつものように話そうとしても、妙に顔がこわばってしまい、ぽそ、ぽそ、としか言えませんでした。
「なあ、何だあれ」
「どうした、ウソップ」
デッキから夜空を望んでいたウソップたちが、北の一点を指しました。
「あの一筋だけ、白いんだ」
「・・・雪?」
「そんなへんな降り方しないわ」
「でも、雪だ。」
ごうごう、唸りが強くなります。
「・・・こっちへ来てるぞ!」
「吹き飛ばされる」
「伏せて、みんな」どう、と風が、子供たちの悲鳴を消しました。
23時。
目の前が、真っ白になりました。
ごうごう、と鳴く音の隙間をぬって、チョッパーの耳に声が届きます。
時はきた
お前は行かなくては
静かで、厳かな声は、チョッパーをぎゅうと締め付けました。
トナカイ、毎夜聞こえていたのだろう
私の足音が大きな北風が、船上に舞い降りました。
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