行かなくては。
日がかわってしまう前に。


ひょうひょう、ごうごうと叫ぶ風のなか、その声だけは確かにチョッパーに届きます。

"行くって、どこへ"

こわばる口と舌のかわりに、チョッパーは必死で思いました。
静かな声が、響きます。


すべての、はじまりへ



「チョッパー!」
白い嵐のかなたから、明るい、けれど張り詰めた声が飛び込んできました。

「何だ、この白い奴っ」
「どけよ、風っ!」
「チョッパー放せよっ」
「勝手に連れてかないで」

かけよる子どもたちを、白い風はふわ、とはじきました。

「うわっ!」
「きゃあっ!」

ころん、転がって目をやると、しりもちをついた影がいくつも見えました。
果てのない唸りからかすかに、名を呼ぶ声が聞こえます。





ぐ、とチョッパーは息を詰めました。


"おれ、離れたくないよ。"

からだは、もう動きません。
だから昔のようにまた、ころんとチョッパーは転がりました。

ゆら、と少しだけ。
地面からほんの少しの高さ、子どもたちの背丈だけ、白い嵐が引きました。
転がるチョッパーの目に、子どもたちが戻ってきます。

ぱちん。

かち合った子どもたちのきれいな目は、みんなかなしい色をしていました。





お別れだよ、ちびさんたち。

静かな声が、さっきより幾分も柔らかく、あたりに響きました。



「どこへ、行くの?」
ビビは、なかよしのカルーをぎゅっと抱きしめて言いました。

「チョッパー。」
ウソップが、ズボンの裾をしっかと握って、ともだちの名前を呼びました。

「・・・行くなよ。」
ゾロの声も、震えていました。

「一緒にいよう。」
びく、眉をひそめて、サンジも言いました。
「そうだ、知ってる?物置にいるおばけの話。おふろ場に隠されてる宝の地図も、まだ見てないだろ?」
サンジの肩をつかんで、明るい声を震わせながらウソップは言いました。

「おれたちといると、すっげぇ楽しいぞ。」
そう笑うルフィの頬も、ぷるぷると震えていました。

「だから、いっしょにいよう。」



"でもおれ、もう、からだ、動かない。"
もうほとんど動かない口が必死で紡いだことばは、風の唸りでかき消されそうです。

「やだよ」
ナミは、口元を精一杯にゆがめて泣いていました。
「チョッパー、いっしょにいてくれなきゃやだよ。」
"みんな、あなたが大好きなの。"
校庭のはずれから、小さな、ロビンの声がしました。


「何で?」
「何でだよう」
「どうして、お別れしなきゃならないの」


"どうして"

みんなの声に、風は答えず、ただ低くおろろんと鳴きました。

終わりを、告げるように。





「おれ、あきらめないからな。」
ぎ、と強い、眩しいルフィの目が、チョッパーを見つめました。
「ぜったい、チョッパー取り返すからな。」
ぶるぶる、震える目は、
ルフィは、にーっと大きく笑いました。


「おまえ、大事な、仲間なんだからな。」


笑う目から、ぽろぽろ、と涙が溢れました。




チョッパーのもう動かない大きなひとみからも、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちました。
どくん、どくん、どくん。
溢れるたましいをただ一言にこめて、ぎゅっと、ぎゅーっと、チョッパーは思いました。





"おれも、みんな大好きだ。"










そのとき。
ゴオ、とまっ白が全てを包みました。

子どもたちを置いて、チョッパーだけがその中に巻き込まれてゆきます。


「チョッパー!」
風の中で、子どもたちは口々に呼びました。
ピンクの帽子が、丸いひとみが、青い鼻が、白い嵐に飲み込まれてゆきます。


「チョッパー!」


みんな必死で呼び続けました。

けれども、ともだちの声は返ってきませんでした。









白い風はどんどん北へ北へと天を駈けてゆきます。

子どもたちは残されたかすかな冬風の中、しばらくそのまま空を見つめていました。
ずうっとずうっと、宝石箱をひっくり返したような夜空を見上げていました。




星の海のどこからか、ふわりふわりと
青い鼻したトナカイのぬいぐるみがひとつ。
みんなのところに降りてくるまで、ずうっと長い間。








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