みかん畑のナミが教えてくれたとおりに世話をすると、田植えを待つ苗は生き生きと喜んだ。
牛飼いのゾロが持ってきたきれいな堆肥を混ぜると、土はやわらかく豊かに香った。
いい田んぼができそうだ、おれは嬉しくて笑っていた。
二人の仲間も笑っていた。
自分ちの世話もあるんだぞ、と漏らす二人だけれど
ことあるごとにここまでやって来ては広がる大地を満足そうに眺めている。
時は5月。
「それにしても」
いつか目覚めた黒い土がふわりと香る。
広がるのは、そんな大地だ。
そんなところで、ナミは首を傾けた。
「困ったわね」
何がだ、とにぎりめしに食いつきながら問うと、また大きくひとつ息をついた。
「・・・アンタ、ほんとにわかってないの?」
「何をだ」
「・・・このままで、どうやって苗植えるつもり」
「知らん。ゾロ知ってるか」
「あ?土にそのまま埋めてきゃいいんじゃねェのか」
ナミががっくりと肩を落としたのが見える。
「あのねぇ…稲は乾燥が大敵で」
「おお、じゃあ雨が降ればいいんだな」
「お、意外と頭いいなルフィ」
「…無謀だわ、この田んぼ…」
「うっひょぉぉぉ、でっけェ田んぼ!」
素っ頓狂な声が新たにひとつ響き渡ったのは、風薫るそんな日だった。
3人振り返った先では、長い鼻を震わせた男が笑っている。
「また変なの来た」
「アンタが呼び寄せてるんでしょ」
「違いねェな」
「おれ知らねェな」
「・・・っつーかのっけから変なの呼ばわりヤメロ」
久しぶりにここまで足を伸ばすと、ずいぶん立派な田んぼが見えたから
やって来たのさ、とそいつは言った。
ひょい、とゾロがにぎりめしを差し出すと、
そいつはそれは嬉しそうに、ぱくぱくぱくんとほおばりだした。
「でもなんで、まだ田植えしてねェんだ?」
「そう、気になるわよね、普通は」
「もう5月なのに」
「そう、そうなのよ」
「何でだ」「何でなんだ、ナミ」
おれとゾロがわあわあと聞くと、ナミはじとっとひと睨みして、
「水よ」
田んぼの縁を指差した。
田んぼのそばには水路がある。
けれど古びたそれはすっかり乾涸びていて、そこに水の名残はない。
水を引っ張るには水源が必要だった。
けれど肝心の水源は、幾分かはなれた森の中、坂道を少し下ったところに小さいのが一本。
ここまで引いてくるのは難しい。
「水か」
「ええ、水」
「みずなのか」
「ヘェ」
水か。
そう呟いて、ウソップという名の鼻の長い男は田んぼの縁をぴょこぴょこ跳ね回っていたかと思うと、
堆肥を混ぜて働くおれたちをよそにとっとと離れていった。
「なんだ、あいつ」
「さぁな」
次の日。
さて今日も土をなじませるかと田んぼに向かうと、
森からのあぜ道に、おおいと呼ぶ影が飛びはねていた。
昨日の男だ。
来い来いとそいつが呼ぶのでテケテケとついてゆくと、
小川のそばで からからから と水車が歌っていた。
「何だこれ」
「水流をここで捕まえるんだ。んでもって、水路に送る。」
いい調子だ、と呟いて、水車の脇にあるハンドルをゴリゴリと回した。
さらさらさら。
導かれるまま、小川の水がほんの一筋、森を抜けて流れ出した。
「いよし、ここは成功」
後は田んぼのそばだ、とまたウソップは走り出す。
追いかけてった先、おれたちの田んぼには、いつの間にやらおんなじようなハンドルが備え付けられていた。
ゴリゴリゴリ。
重々しく響くと、どういうわけやら田んぼに水が入ってくる。
「うおおお!」
「わぁ、すごいっ」
「よし、完璧だ!」
「ヘェ…」
キュ、とハンドルを逆に回すと、しばらくして水は止まった。
「下流にゃ別の支流から流れ込むし、もう一本でっかい河もあるから
ちょっとこっちに引かせてもらうことにしたんだ。」
水車で勢いつけたら、ぎりぎり流し込める距離かと思ってな。
と、そいつはさくっと言ってのけた。
お前何モンだ、と聞いたら、えへんと胸を張り、高らかにこう言った。
「ものつくり屋さ。その腕ゆえに、人はおれをキャプテンと呼ぶ」
ごとごと、もう一度水門が開く。
「水量はホレ、このプチ水門くんで調節してくれ」
堆肥がなじんだ豊かな土に、水が染みてゆく。
ついに大地は囁いた。
準備は出来た、さあ来いよ。