嗚呼青春の一頁

�A：久しぶりに晴れた日曜日は何をしようか

ごんごんと無遠慮なノックのあと、住人の答えは待たず、扉は開いた。
部屋はまだ暗い。けれど何を臆することもなく、やってきた男は声を上げた。

「ウソップいるかー？」
投げた声に返事はない。

代わりに、もぞもぞと東側のベッドがいもむしみたいに動いた。反対側のベッドは空だ。

開かれた扉から漏れる陽光を避けるように、その影は縮こまる。
いもむしじゃないならまるでモグラだ。
「あれ、いねえのか、あいつ。」
懲りずに男は声をかける。

自分に問われたとわかったのか、いもむしが億劫そうに緑色の頭を出した。
「…たぶん、まだ、バイト…」
「声低っ。」
「寝起きだ…」

掠れる声で、いもむしは無遠慮な客人を睨んだ。

見ると男は、起きたばかりのいもむしとは違い、しなやかなシャツと細身のジーンズに身を包み、自慢の金髪もきれいに整えられている。これから出掛けるのだろう。
カッコばかりの眼鏡もかけてるから、きっと相手は女。

「今何時だ？」
睨んだまま尋ねると、やけにうきうきした声でサンジが応えた。
「１０時１５分。いい天気だぜ。」
そういって、勝手知ったる他人の部屋で思い切りカーテンを開けた。


遮光されていた部屋に、真っ白な光が飛び込んでくる。
あまりの眩しさに、ゾロは眉間に深くしわを寄せた。
「…朝から元気だな、てめェは。」
「おれのパワーは今日のためにマックス充電済みだぜ！あああ待っててー愛しのローズマリーV今日の僕はあなたを至福の楽園へいざなういたずらなアークエンジェルさーVV」
太陽の光を全身に浴びながら、サンジはくるくると歌い回る。
その脇を擦り抜けて、ゾロは冷蔵庫に手を伸ばし、ペットボトルの水を引っつかみ、含んだ。

「…アホめ…」
「オァ？！今なんっつった？」
「覚えてねェ。」
「てめェ３秒前にアホっつったじゃねえか！」
「聞こえてんじゃねェか、色魔。」
「うわ、お前に言われたくないわ、このだんまりスケベ。」
げし。
「（ムカ）スケベはてめぇだろが！大体お前カッコつけてもマユゲが素敵すぎるんだよ！」
「ムキーーーー！お前ェだって何なんだそのパンク気取りのゴキゲン頭は！」
「アァ？！」
「けっ、テメェなんざ、お仲間といっしょにおとなしく阿寒湖沈んでやがれ！」
「何だとコラァ！」
「やんのかウラァ！」

ごーん
ごーん
ごーん


「あ」
二人は手を止めた。


10時半の鐘は、日曜日に鳴る、礼拝の合図。
さあ、そろそろ時間だ。
せっかくの日曜日、何をしようか。

「もうじきかえってくるな、ウソップのヤツ。」
「もうひとりのアホも、そろそろ行動開始だ。」

言うが早いか、どすどすどすとやかましく廊下をかけてくる音がした。
バタァン！薄いドアが開く。

「おーい、いるか？」
「誰がだよ」
「ウソップとゾロとサンジ。」

遠慮なく部屋に入り、窓枠にルフィは腰掛けた。
赤いシャツに短いジーンズ、外へ飛び出す準備は既にできている。
「見たとおりだよ、寮長。」
「そうか。ウソップ何のバイト？」
「多分、犬の散歩だ。」
「いいよな。どこで見つけたんだろな。」
「なあ、ウソップ来たら遊ぼうぜ。」
「おれはデエト。野郎同士さみしく遊ぶこった。」
「何だお前またデートか、こりねェなあ。」
「な。」
「うるせぇよ！」

「朝からやかましいな、お前ら。」
新しい声がした。
『あ、おかえりウソップ。』
「おう、ただいま。」
アルバイトを終えたウソップが部屋に入ってきたのだ。
朝のバイトおなじみの眼鏡と、場違いな花束を携えて。


「遅ェよ！ほら、さっさとネクタイ貸せよ。」
「悪ィ悪ィ。ほらよ。」
ぽいと投げられた薄紫のタイをサンジは手に取り、さっそく鏡を前に当ててみた。
「お、いいねやっぱり。おれのためにあるって感じ？」
「いや、持ち主おれだから。」
「だっておれ似合うし。見繕ったのおれだし。」
御機嫌にネクタイを首に回したサンジに、ウソップはほれ、と黄色の花束を渡す。
「バイト先の母ちゃんがくれたんだ。持ってけよ。」
「ありがとう…って何の花だよこりゃ。」
「知らねェ。」
「お前なぁ…だからモテねぇんだよ。」
「うるへーっ！」
「まいいや。お前だし。花は可愛いし。」

じゃあ貸し賃、とサンジは、ウソップがかけている眼鏡を額にずりあげて、自分がかけていた眼鏡をウソップにかけた。

「ふーん、やっぱりウソップよりおれのほうがカッコいい。」
「…お前、もう振られてもゼッタイ愚痴聞いてやんねェ。」

サンジは鏡で全身の最終チェックを行っている。
ウソップはそれに何だかんだと言いながら付き合っていた。
ルフィは窓の外にいる何かとしゃべってるみたいだ。
ゾロはごそごそと将棋盤とこまを取り出し、ウソップの向かいのサイドチェアに掛けた。
「おら、寝覚めの一局だ。つき合えよ。」
「勝ったら何かくれんの？」
「昼飯オゴリ。」
「いいね。」
チップスと飲み物を適当に置いて、二人は勝負に向かう。


ルフィとサンジの目は、いよいよ外に向かう。

「行って来る！」
「おう、あとでな。」
「よし、おれも行こう。」
「がんばって来いよな。」

将棋盤に目を向けたまま、二人は二人に手を振った。


「・・・なあゾロ」
「んぁ？」
「ルフィ、窓からでてったよな。」
「ああ。」
「ここ、3階だよな。」
「・・・まあ、ルフィだからな。」
「そうだな。あ、角もらう。」
「何っ？！」

ひさしぶりに晴れた　日曜日のこと。

i

噺

ii:その夜