嗚呼青春の一頁
iii :9月は白い家に赤い花、黄色い花。小さな事件。もしくは出会い
暑さ真っ盛りのキャンパスだけれど、木々の合間から覗く空の青さは少し秋の気配がする。
蝉の声ひとつにしても、じいじいと啼く油蝉はすっかりつくつくぼうしに取って代わり、夕刻はかなかなと涼やかなひぐらしの声が響き渡るようになった。
9月は忙しないけれど、期待感に胸が膨らむ節だ。
ひと夏を経たツワモノ共との再会が待っていて、
新しい仲間が待っているから。
「あ。」
ただいまと玄関の扉を開けて、ゾロは立ちどまった。
部屋の鍵がない。
科目登録に行かなくてはならない日にいつもの調子でぐっすりと眠りこけ、あわやという時刻にあわてて飛び出したから、施錠はおろか、鍵を持っていくこともすっかり忘れていたのだ。
起きたときには既にいなかったルームメイトは、もう戻ってきているだろうか。
「おい」
談話室にいたヨサクとジョニーに声をかける。
「ウソップ、帰ってきてるか?」
「ええ、さっきバイトから帰ってきてましたよ。」
「どうしたんすか兄貴、また締め出しですか。」
「新学期一発目、早かったっすね!」
「先学期の記録、24回でしたっけ?」
「バカ、ちげぇよ相棒、27回だよ!ぷくくく。」
「…まだ決まったわけじゃねェ。」
それに、正しくは29回だ。
そうとだけ残し、呆れたように笑う声を聞き流して部屋へ向かった。
扉のノブを回す。
ガチャリ。やっぱり部屋の鍵は開けられていない。
―新学期、1回目。
ばりばりと頭をかいて、なじみの部屋を目指す。
そんじゃ、あっちにいるってことだ。
こんこんと2回、扉を叩いた。
「おい、ウソッ」
ばたーん。
ものすごい勢いで扉が開かれる。
その向こうにいたのは、自分がまさに探していた同居人だ。
けれど、その形相は。
「やあやあよく来たなロロノア君。まあ入りたまえ!」
・・・その形相は、ちょっと、ヤバイ。
ためらいを見せたゾロをウソップは、構うことなく無理やり部屋に引き込んだ。
直後、
「おらぁウソップ、まだ終わってねェ!」
声が飛んだ。
主はサンジ。
当然足も飛んだ。
「おうマリモ、よく来たな。お前も聞いてけ!」
倒れたウソップをずるずると引きずり込んで、うきうきとサンジは紅茶をサーブする。
ポットの裏に燦然と耀くMEISSENの文字。
特別な日用とか言ってた気がする、その花柄ぶりぶりのテーブルセット。
らんらんと輝くその目。
「…あ、用が」
くるり踵を返したけれど、
「逃ーがーすーかああぁぁぁ!」
地中を這うようなウソップの恨み節に、ゾロははあとため息ひとつついて、隣に腰を下ろしたのだった。
「で、何があったんだ?」
「ナミだよ。」
げんなりと、ウソップがため息をつく。
「アホか!もっと祝えよこの鼻ヤロウ!」
「何語だソレ」
「(聞いてない)ほーうゾロ、聞きたいのか。聞きたいな?なあ聞きたいよなロロノア君!」
「…5秒以内で。」
「いや。」
今度は二人でため息をついた。
さあ聞け!
秋の訪れを風の流れに感じながら
おれは登録を済ませて帰ってきた。
すると、ああ運命よ、部屋でおれを待っていたのは
なんとおれの女神vvナミすぁん!
「あと、ルフィな。」
「ああ、やっぱり。」
あ、なんかサルっぽい影がいたような気がする。
がどうでもいい。
オキナワのご実家でバカンスを存分に味わったんだろう女神の肌はほんのりつややかに焼けていて
彼女の瑞々しい姿に一層のいろどりを添えていた。
「あいつ、焼いたらしいぜ。」
「一週間したら、皮剥けてんじゃねェの?」
「…コロスぞ、無粋マリモ。」
久しぶりにナミさんにお会いしたおれは、
そりゃあ持てる語彙の全てでその愛と美を称え、
「流されたわけだ。」
「お約束だな。」
「ひたすらな。」
「黙って聞け!」
そして故郷で取れたプラム使ってゼリーを差し上げた訳だ。
「『ひんやりしてて美味しい♪』なんて言ってもらっちゃってよぅ☆」
「ケーキお代わり。」
「お茶お代わり。」
「・・・」
そしたら、そしたらだ。(がさごそ、とぽとぽ)
私もサンジ君にお土産があるの、なんて夕顔の蕾のように恥じらいながら
彼女、おれの、おれの
「ほほ、ほっぺた、にっ…!(ぶるぶるぶる)」
「・・・・・」
「・・・あー…サンジ君?」
「ああダメっ、恥ずかしくてこれ以上言えねぇっ♪」
サンジの恋歌はここで終わった。
あとは不思議な言葉がめぐるのみだった。
ちゅって。ちゅって言ったんだぜ?!
やっぱあれだな、これって宿命?運命?デスティニー?だよな、な!
「ゾロ。」
「あ?」
そのうち白いおうちに二人で住んじゃったりして。
お庭には真っ赤なバラと黄色いパンジーが咲いてたりして。
「お茶、うまいな。」
「ああ。」
子犬の横には、あなた、あなた、あなたが。
「おら、ゾロ、呼んでるぞ。」
「いらん!お前行けよ。」
指しながら指されながら、ゆっくりとティータイムは過ぎてゆく。
ルフィの机にある、「ちんすこう」と書かれた大きな箱については、触れないままに。
「ただいま!」
そこへ飛び込んだのはひとつの影だ。
「よお、ルフィ。」
「オカエリ・・・」
和やかに、寧ろしめやかに行われていたサンジ主催のティーパーティ。
その雰囲気をものともせずに、ルフィはどすんとベッドに腰掛け、ケーキを頬張った。
「あ、サンジまだ言ってんのか。ナミの土産。」
「まあ、あいつにしちゃ大事件…」
「ははは、サンジは安上がりだなー。」
・・・・・。
かなかなかな。
夕暮れ、ひぐらしが啼いている。
ごぉんと。
その中をぬうように、鈍い音が響き渡った。
GMDの古い壁に、またひとつ 穴が増えた。
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ええーと。
おいらサンジ君好きなんですよ?本当よ?
ii 噺 iii-2