流行ヤマイ III

サンジ―熱・腸・咳







不覚だ。


このおれが、船のコックたるおれが風邪をひいちまうなんて。
しかも、喉や鼻みたいな甘いもんじゃない。
腸に来るヤツだ。
吐くだの下るだの、海で生きるコックにはあるまじきこった。
そんなの、せっかくの食い物に対する冒涜じゃねえか。
この上さらに咳までついてきてるもんだから、レディにキスするとき以外絶対に離すことはない煙草さえできねェときた。

はぁ、情けねェ…。

 幸いなのは、あまりにも熱が高すぎるために意識が怪しくて、
自分の惨々たる有様がほとんど認識できないことだ。考えたくもねェ。


 ああしかし、おれがこんなところでぶっ倒れてて、あのいい加減な連中はまともな飯にありつけるのだろうか。
 才色兼備のナミさんと船医チョッパーがいれば死にはしないとは思うが、ナミさんの負担を思うと意地でも立ち上がりたくなる。
(―ま、そんなことすればチョッパーから麻酔攻撃だけどな。)
 なんせこの船には、ゴキブリ体力のゾロと食欲だけはいっちょまえのウソップっつうポリバケツが二つと、ルフィなんてトラックみたいな胃袋の持ち主がいるのだ。
 いくらなんでも無茶すぎる。
 うだうだ考えてるうちに、また空咳の嵐がおれに襲いかかった。
「うぅ…ナミさ〜ん…v」
ごめんなさい…おれが不甲斐ないばっかりに…
げほげほと無様にむせながら、おれは意識を手放した。






夢を見た。
きらきらと輝く水面に、悠然と鎮座する、とんでもなくゴージャスな船。
それは、おれの経営するレストランだ。
そしてこの輝きにふさわしくセッティングされた今日は、月に一度のレディースvデー!!
レディしか受け付けない、おれのための、まさにおれのための場所だ!
客席には、おれがこれまで出会ってきた美女という美女が軒並み勢揃いvv
おれはボルドー色の絨毯の上を滑りながら、一人ひとりに
この日のために用意した最高級のワインを注いで回る。
んー☆★とんでもない気分の良さだ。…ちょっと胸から胃にかけて重いようだが、気にしないことにする。



ああ、あの席にはナミさんとお姉さまが座られているvvv
「サンジ君!ご招待ありがとうv
「招待ありがとう、いい席ねv
「あああさすがお二人、お目が高い!
 この席は夕陽が一番美しく見えるんですよ。
 照らされるお二人の美しさも、よりいっそう映えることでしょうV
 そう決めて、傾きかけた太陽の効果マックスに
おれの髪とお二人の笑顔は輝いた。


・・・まではよかったんだが。
「?!」
胸から胃にかけて、どんどんどんどん、重みが増してくる。
そのせいで、次第に呼吸ができなくなってきた。
「お…も、くるし・・・」
くっ、プロたるもの、レディたちの前で膝を折るなんてことがあってたまるかぁぁぁ!!!
「ぅう〜〜〜お〜〜〜〜」
いや増す重みに声を上げた瞬間、世界がぐるりと回転した。







さっき目を開けたときと同じ、むさくるしい船室のソファの上でおれは横たわっていた。
ああ勿体ないことをした…あんなにたくさんのレディ達に囲まれていたのに…
けれど、息苦しさは夢の中とかわらない。
いったいこの苦しみの原因は何なのかと、ぐるりと頭をめぐらせる。
…目に付いたのは、腹上の緑頭。
テメェ、病気のおれを苦しめるのみならず、あの夢!
あの夢を断ち切るとはぁ!!
―そう言ってやろうとすると、空咳が狂ったように出てきた。
ああ畜生、普段なら完膚なきまでに蹴っ倒してやるのに。


何とか頭を退かせるだけは、と試みたが、

「ぐうぐう」
「・・・?」
「ぐうぐうぐう」

・・・・・

この体力バカ、病人の腹の上で昏々と眠りにつきやがった。



必死で動いてみたが、ヤツの寝顔をこっちに向かせただけで精一杯だ。
こんだけしっかり眠っていると、
風邪に体力を奪われた今のおれでは どうすることもできない。
自分だけ幸せそうな顔して寝やがって。
ちっとは病人いたわりやがれ、クソったれが!!
むせながら心中で叫んでみたが、

「ぐうぐうぐうぐう」

返事なんぞ返って来やしねェ。


おれはすっかり消耗して、もうなるがままに任せることにした。

が、しかし…重い。
だ、誰か…たす、け…





「…何やってんだお前ら。」

飛び込んできた声に、藁をもすがる思いで訴えた。
「げほっ、げぇーっほげほげほげほ…」
だめだ、話にならねェ!
 けれど、不意に腹の重みは消えた。

「お前が蹴り飛ばさないなんて、相当弱ってんだな。
 戦うコックさんの名が泣くぜ?」
「…うっせェ…」
ぜいぜいと漏れる息の中で、それだけおれは搾り出した。

見れば、すっかり元気になった長っ鼻がニヤニヤと笑いながら、ゾロの頭を抱えている。
「ほら、今のうちに退けよ。」
「退けっつったって」
場所なんかねェよ。
と言おうとしたところに、ウソップは顎ならぬ鼻で指し示した。

「…めしか。」
「いくらてめェが腹下しでも、ちゃーんと食ってもらうからな。」




ぜいぜいと息を乱しながら、何とか身体を起こした。
中身空っぽのくせにやけに重かったゾロの頭は、そのままソファに乗っている。
おかげでおれの長い脚は伸ばすこともできやしねェときた。
いい身分だぜ、まったく。

「ほら食え。」
そういってウソップが差し出した器には、あまり美味しそうとは思えないお粥がでろでろと盛られていた。
が、おれは海のコック。
どんなんだろうが、ちゃんと食うぜ。



「…変な味。」
「黙って食え。」

「何入れたら、米がこんな味すんだよ。」
「いいから黙って食え。」

「というより、はっきり言ってこれ、クソま…」
「だーっ!!黙って食え!」
「だってお前、いくらおれが病人でもこれは…」

「チョッパーが泣くぞ。」
「・・・もぐもぐもぐ」

「手伝いは主にナミだ。」
「あああナミさ〜んそうか、あなたはこれで僕の愛を試していたんだね!
 ワンダホゥだよあなたの優しさがこの奇妙な味に深みと美しさを…」

「あ、ちなみに肉切ったのおれ。」
「てめェ肉はちゃんと筋に沿って切りやがれ!だからこんな変なダシが出るんだ!」
「…てめェには呆れるの通り越して恐れ入るぜ。」



「ところでよ、」
チョッパースペシャルが効いてきたのか、ちょっと咳はマシになったようだった。
だから、一息ついて聞いてみた。

「こいつ、何しに来たんだ?」

緑頭をさすと、ああ、ナミに追い出されたんだ、と返された。

「ネギ空中切りしたとき、皿にネギを受けてたルフィが、
 出来てたおれたちの飯、半分以上食いやがってさ。その連帯責任。」
で、熱でも見て来いと言われたわけだ。

納得。





「さて、おれはそろそろ飯に行くぜ。ゆっくり寝ろよ。」
そういいながらウソップは、ナミさんの蜜柑を2つ置いて出ようとした。

「おい、これ持っていけよ。」
「ん?」

ぐうぐうと眠り続ける緑頭を指す。

「ああ、ちょっと待てよ。」
ウソップはもう一度ゾロの頭を持ち上げた。
ふう、と息をついておれは横になる。

と、真上に、嬉そーうに笑うウソップの顔があった。
「?」

「さみしくないように、置いといてやるよ。」
「ん?」
ごそごそ、どん。

「うわあぁぁぁっっっ!!」


「グッナイ、ラブコック。落とすなよ〜♪」



…おれの顔の真横に、ゾロの顔があった。
このクソ狭いソファの上、おれはこの無神経な緑頭と、添い寝することになったわけだ。

「ぐうぐうぐう」
部屋にはのんびりと寝息がのびていく。



「・・・・あいつ、コロス…」
「ぐうぐうぐう」

何であんなイイ夢見た後で、おれはこんな野郎とぴったり寄り添っているのか…
風邪をひいてこの体たらく、ラブコックの風上にもおけない。

薬と怒りと哀しみで、おれの意識は再び遠くなる。

「ぐうぐうぐう」

こっちが沸々と怒りをたぎらせている間も、アホは安らかに眠り続けている。
なんかおればっかり動揺してるのが、バカバカしくなってくるほどだ。


「こうなったら道連れだ、クソッタレめ。」

てめェも風邪の一発くらいひいてみろ。
そう思い込めて、おれは真横に眠るヤツに、バイ菌いっぱいの息を思いっきり吹き込んでやった。

ちうっと嫌ーな音がした気がした。





おれは、自分がいったい何をしたかは、熱のせいで分からないことにして、眠った。








****** 健全に読んでくださいね?(スマイル)
そしてウソップ、再び出してしまいました。